韓国の ある学校での風景

教師 「日本という国はどういう国でしょうか?」
生徒 「かつて、我が祖国を併合した史上最悪最低の国家です!」
教師 「では、我が国の目標は?」
生徒 「日本に追いつき追い越せです!」

上ジョークは下記url 「韓国ジョーク その1」 から
http://members.at.infoseek.co.jp/konrot/joke01.htm

上urlは、下記urlから
http://members.at.infoseek.co.jp/konrot/keiji.htm


上記の桜井誠氏のコラム集149編すべて読んでみた。
なかなか面白かったし、桜井誠という人物を知る上で結構勉強になった。

韓国や中国の「反日教育や対日批判」は、彼らの国家体制のゆがみ故であるけれども、
日本自身の特質(=「事なかれ主義」・その場だけを荒立てないように対処してしまう体質)が
彼らを増長させ、「反日教育や対日批判」を一層誘発させてきた、とも伺える内容だった。
もちろん、桜井氏は上のコラムの中で『日本の事なかれ体質』には全くと言っていいほど触れてません。
しかし私は、コラムの読後印象として、『日本自身の要因』も、同時に感じました。

桜井氏はさかんに「韓国が反日の態度を変えれば日本はいつでも親韓になる」
との主旨で書いているけれど、
「日本も、『すぐに事なかれ主義に走る体質』を改める勇気を持たないとダメだ」 と私は感じた。

彼らがギャーギャー騒いでも、
北朝鮮の拉致シーシェパードの捕鯨妨害などのような実被害でない限り、
馬耳東風と聞き流せばいいのに、それをする気概・勇気が日本には無いんだね。
特に中国に対して。
「経済的打撃が大きいから、彼らを苛立たせるな」と。
そう言う姿勢で折れ続けてきた成れの果てが、現在の屈辱的な状況なのに。
経済は相互依存であるから、日本に打撃を与えれば、打撃を与えた中国自身にも反動がいくのです。それが相互依存という物です。中国はデカイし多様だから少々の打撃には絶えられるだろうが、日本はそれができないと怖じ気づくのが先に来るのでしょうね。結局、毅然とした態度をとる勇気を無くしてしまっているのでしょう。経済的に元気のない今は仕方ないにしても、少しは回復すれば、「別に中国だけが相手ではないよ!」と思えるようなバックボーンの保持を、日本は是非とも心がけるべきです。少なくとも今の中国は完全に、日本と断交してもしばらくは平然と元気を続けられる国でしょうから。

そう考えると、シーシェパード・アディーギル号の船長を逮捕した「水産庁の判断」は実に素晴らしい。因縁を付けて、金儲けを図る団体や組織、利権を拡大しようとする国家、に対する対処法で一番下手な対処は、相手の言い分を飲むことだ。それを飲めば、更に難題を突きつけるのが彼らの行動パターンだから。

日本人はついつい、「うっとうしいから相手の言い分を聞いてあげなさいよ」としてしまう。お人好しとも言えるし、気が弱いとも言えます。突き詰めると、気概の欠如・戦略性の欠如・つまりは哲学の欠如、です。価値判断が合理性よりも情緒性を優先させてしまう「女性的というか母性的な」思考民族なんです。しかし、それが次の災いを産ませていることに日本人は気付くべきです。「はい、これはこれでおしまい」とキッパリと言いきる勇気を日本は持つべきです。中国は韓国に対してそう言う態度をとっています。「当時は当時の事情があった。オタクにもコチラにも。ネ!」と。だから韓国は中国には何も言わない。実体は「うん千年に渡る宗主国様には何も言えない」という背景もあるのでしょうが・・・。要は中国は、韓国に対して「歴史的なイチャモンをつけさせる隙」を、決して与えないんだね。

所がと言うか、そう言う中国だからこそなのですが・・・、中国は日本に対しては、歴史的な弱みを”造り続け”&”突きつけ続け”るんですね。「ねつ造」であれ「何」であれ、自分たちの歴史観を日本に押しつけてきます。これが中国の強さでありしたたかさです。「南京事件の虐殺数なんて単なる数(=宣伝効果を上げるための一手段)だよ」ってノウノウと言い放てる国民性なのです、中国は。冷静に見れば、小規模な虐殺行為が仮にあったとしても、戦争という物はそう言うものです。現に中国は韓国の同類の抗議に対して「当時は当時の事情があった!」で終わらせているのですから。

画像があるから虐殺があった、しかも何十万という人々を虐殺した、なんて飛躍も甚だしい。アイリスチャンなんて言う女性は、一を聞いて千を妄想する妄想家だったのだろうと私は判断してます。また、それらの論調に同調した愚かでお人好しな日本人は、余りにも視野狭窄で稚拙な正義感で猪突猛進する傾向の強い人々だったのだろう、と私は感じています。

南京大虐殺が日中間や一部での国際的な話題となったことの二大要因は「戦後の一部日本人の愚かさ」と「いつもの中国のしたたかさ」です。『世界抗日戦争史実維護連合会』(略称=抗日連合会)、この団体は日本にとって、日中関係の最大の癌です。勿論中国政府は、この「日本にとっての極悪非道な陰謀組織」に、陰で資金的援助してるのでしょうが・・・。

そういう中国の体質を度外視して、中国の言いなりになって頭を下げ続ける日本が、滑稽過ぎるくらいに滑稽です。中国は陰でほくそ笑んでいることでしょう。「日本なんて実に扱いやすい小国だなぁ〜」と。中国語では日本や日本人を馬鹿にするときに、小日本(ショーリーペン)とか日本鬼子(リーペンクイツ)と言う言葉を使うようです。

『人を呪わば穴二つ』
http://ja.wiktionary.org/wiki/%E4%BA%BA%E3%82%92%E5%91%AA%E3%82%8F%E3%81%B0%E7%A9%B4%E4%BA%8C%E3%81%A4
『情けは人のためならず』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%83%85%E3%81%91%E3%81%AF%E4%BA%BA%E3%81%AE%E7%82%BA%E3%81%AA%E3%82%89%E3%81%9A
ということわざは、中国や韓半島にはないのだろうか・・・。

今現在ホットな「相撲界の賭博問題」が良い例だよ。あんな問題ははずっと前からあったんだけども、ずっとずっと、マスコミも含めて、たいしたことはないとか・そう言うもんだとか言う風に、事なかれ主義でひた隠しに隠してきてたんだよ。それが、どんどんエスカレートしてしまってここにきてついに、実情が露呈してしまったというのが「相撲界の賭博問題」の実体でしょう。

結局、日本が折れれば折れるほど、彼らは賭博問題のヤクザと同様に自分たちの言い分がまかり通るとばかりに、彼らの要求をエスカレートさせていくだけなのに。日本の政治行政にたずさわる者達は、中国や韓半島で政治行政にたずさわる人達も自分たちと同じ考えで行動してくれだろうと、甘えている(錯覚している)んだよ。実体は、日本の弱気な事なかれ体質を彼らは見透かし、そしてそういう弱腰体質を舐め・つけあがっているんだね。これが、「日本自身が彼らをそうさせている」とも言えるゆえんです。

鳩山由起夫氏は不評を買って辞任しましたが、彼の性格はまるっきり戦後日本の国家体質そのものです。嫌われるのが嫌いで、誰とでも仲良くしたいと願い、結局、コトをさらに紛糾させてしまった。八方美人なんて、気が弱いだけで、ポリシーが無く、周りからは決して評価はされないんですよね。毅然とした態度がとれないヒトは殆どの場合、リップサービスで上手にあしらわれて、大損を食らわされるのがオチです。別にアメリカ人に言われるまでもなく、彼を見ていて私は、自国の首相ながら「こいつはloopyだ!」と思っていたのですから。

loopyの正確な意味は分からなくても、「思考や判断がloopしている人」とイメージできるので、単純に言うと「こいつ、クルクルパーだよ〜」ってなもんでしょう。「こんなヤツを首相にする日本って一体どんな国だ!」って思うのは当然すぎるくらい当然です。結局、小沢一郎という政治家の限界は「院政をしくことでしか自分の力を発揮できない」と言うことですね。そして、日本の政治家がいつまでも「ミコシは軽いほどよい」とばかりに院政政治に己の存在価値を感じたり、そういう存在を容認すればするほど、首相の顔は毎年のごとく変わり続けるだろうし、世界から冷笑され続けることでしょう。



上記桜井氏のサイト
・韓国に蔓延する「反日」 
http://members.at.infoseek.co.jp/konrot/han.htm の
・対日コンプレックスから抜け出せない韓国人
http://members.at.infoseek.co.jp/konrot/hanniti04.htm より

全てとは言わないが、大半の韓国人は多かれ少なかれ対日コンプレックスに苛まれているように思われる。韓国人の深層心理を考察すると以下のようものではないだろうか。

第一の屈辱
かつて弟と思っていた国が何時の間にやら「大日本帝国」などというご大層な名前の帝国を築き上げ兄であるはずの自国を併合してしまった。

第二の屈辱
日本の敗戦を機に独立国家となった韓国であったが、国内の政争内紛に明け暮れているうちに焼け野原だった日本が何時の間にやら「世界第二位の経済大国」となってしまった。

第三の屈辱
さらに近年になって韓国でも日本のことが様々な形で取り上げられ、良い意味でも悪い意味でも日本に対して関心が集まっているのに、当の日本人の大半は韓国に興味を持っていないことが分かってきた。

こういった或いはこれ以外にも様々な形での屈辱感が屈折した形で現在の韓国人の深層心理に影響を与えているように考えられる。韓国人が日本という国を格段に意識しないで語れるようになったとき、初めて韓国人は対日コンプレックスを克服したと言えるのではないだろうか。そして、また日韓の友好というものを本気で考えるならば、韓国人は対日コンプレックスを克服するべきである。
同じく
・韓国文化論
http://members.at.infoseek.co.jp/konrot/bun.htm の
・韓国人よ、犬食文化に誇りを持て
http://members.at.infoseek.co.jp/konrot/bunka10.htm より

皮肉でも揶揄でも何でもない。本気でそう思う。欧米人だけでなく日本の中にも「犬を食べるなんて野蛮だ」等と言う無知蒙昧な連中がいるのは確かだ。これについては日本人の一人として韓国人に謝罪する。

他国がその国の食文化に口を出すと言うこと自体が既に人種差別・文化差別以外の何者でもなく、自分たちの食文化の範疇にない食べ物を食べることが野蛮だと言うのは無知蒙昧以外の何者でもない。韓国人の中にも今回のワールドカップを機に犬食を止めようという運動があったと聞く。

他国民ではあるが言わせて貰えば、これこそとんでもない話だ。純粋に犬食を自分たちの意志で辞めようと言うならともかく、欧米人に大して「恥ずかしい」という思いからこのような運動をしているのだから、自分たちの文化を不当に自分たちで否定しているだけではないか。さらに、犬食を批判する欧米でも「ウサギ」や「鳩」など愛玩動物を食する習慣があるし、英国では「貴族のスポーツ」として狐をなぶり殺しにしている。野蛮だというならこれ以上野蛮なスポーツはないだろう。

敢えてこの話を持ってきたのは文化とは様々な側面を持つものであり、映画や漫画などエンターテイメントだけではなく、その国の歴史と民族のあり方を根底から支えてきたものでもあるということを韓国人にも分かって貰いたかったからだ。

世界には奥深く一言では語り尽くせぬほどの文化が存在する。そして、それらの文化を語ろうというのであるならば、まずもって自分自身が自分たちの文化に対し何よりも敬意と愛情を注がねばならないはずだ。

 

本サイト関連記事
・古来より密接であった日朝関係
http://hyakuninnissyu.seesaa.net/article/153230954.html
・日露戦争の原因は朝鮮! ?
http://hyakuninnissyu.seesaa.net/article/153681345.html
・百人一首歌人の中の遣唐使。 阿倍仲麻呂、参議篁、菅家。
http://hyakuninnissyu.seesaa.net/article/147955917.html
・漢字の伝来時期、万葉仮名・カタカナ・ひらがなの創生過程
http://hyakuninnissyu.seesaa.net/article/147115829.html




posted by 百人一首散策人 at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日本の歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

マスコミ報道を乗り越える情報を

青木直人:マスコミ報道を乗り越える情報を


青木直人:日本人だけが気づいていない  

さて、青木さんがこの動画の末尾で言った「日本人のナショナリズム」。
はたして、それはあるのだろうか・・・?

上のYouTube「日本人だけが気づいていない」 の5:00 あたりから青木直人さんが言及している人物
姜 尚中(カン サンジュン)さん とは・・・
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A7%9C%E5%B0%9A%E4%B8%AD
    

参考見解・・・ 『なぜ在日問題は存在するのか』  講師:村田春樹 氏
前編 http://zoome.jp/aboutjpn/diary/2/
後編 http://zoome.jp/aboutjpn/diary/4/


今の日本の政治家には、
統治者&権力者として、国家の進路を方向づける能力、大衆をそれなりに納得させる能力、
他国の統治者と適当に渡り合っていく(駆け引きする)能力、が殆ど見受けられない。
つまり、彼らには、
物事の基本をどうとらえるかという哲学的思考能力、および、
それらに裏付けられた雄弁力や政治力、が殆ど見受けられない。
結局、彼らやっているのは殆ど、
情緒的・感情的・刹那的なその場限りの、
実に下らなく非生産的な「同業者間での相手の罵(ののし)り合い」ばかり。

それで、「政局()だ! 政局だ!」 と言って日本の政治を自分たちの玩具にしてしまっている。
)政局
政治の一局面を、ちっぽけな権力闘争の舞台・節目だとして、
「政治家」とはとうてい言えない「政治業者」達が、国家観そっちのけで、時間をもてあそぶこと。

おまけに官僚には、「本来のエリート意識」()ではなく、汚(けが)れ朽(く)ちて堕落(だらく)した「愚かしく矮小な特権意識」のもと、個人的な物欲で国家財政を事実上 蝕(むしば)むことに 一抹の後ろめたささえ感じない輩が、多くいる。
) 「本来のエリート意識」
高貴な生まれや高く優秀な能力故にその資質や能力を国家のために活かそうとする意識。
ノブレスオブリージュ(noblesse oblige)  「貴族の義務」あるいは「高貴なる義務」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%96%E3%83%AC%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%83%96%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%A5


そのうえ大衆は、戦後教育で自虐史観を植え付けられ、郷土愛や自国愛や愛国心などへの思考回路が閉ざされてしまっている。

これでは、先の大戦後、経済一本で進んできた日本としては、行き詰まるのは当然過ぎるくらい当然。
米国・中国の大国のみならず、半島国家(韓国・北朝鮮)にまで、舐められても
仕方ないと言えば仕方ない。

それは、今の日本はその昔の朝鮮半島のように、属国主義化してしまったから。
ここで私の言う「属国主義化」とは、次のような状況に陥ることを表しています。
つまり、大国(これまでは米国・これからは中国も加わる)の顔色ばかりうかがうため、独自の戦略や戦術を打ち出そうともしないし、打ち出す能力もなくしてしまう状況、に陥り、国の命運が必要以上に他国に翻弄される。
タグ:青木直人
posted by 百人一首散策人 at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日本の歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

崔基鎬  日韓併合

■ 『日韓併合』  著 崔基鎬 チェ・ケイホ
 韓国の歴史家が、祖国のために、あえて問う、
「いまこそ、歴史の真実に目を開け」。
 植民地統治時代に日本は朝鮮に何をし、その結果はどうなったかを冷静に見直す作業を、韓国はいままでしてこなかった。
 李氏朝鮮(1392〜1910)の統治下にあった518年間、朝鮮は両班(ヤンバン)という支配階級が、国民の大多数を占める農民から搾取をほしいままにし、民衆は塗炭(とたん)の苦しみを味わっていた。自力での近代化もできず、近代化からも大きく立ち遅れ、国家の体(てい)をまるで成していなかった。
 そんな朝鮮を、日本以外の誰が救えただろうか。
 日本は国民の血税から巨額の資金を投入し、朝鮮を再興した。その結果、朝鮮半島の生活は飛躍的に向上し、人口は倍増した。その恩恵は、今日まで続いている。その事実に、韓国はいまこそ目を向けるべきである。事実を無視し、被害者意識に凝り固まる韓国に、将来はあるだろうか。


■李氏朝鮮(りしちょうせん)  wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%8E%E6%B0%8F%E6%9C%9D%E9%AE%AE
朝鮮半島の最後の王朝(1392〜1910)。 この期間は、日本では「室町時代から大正時代」の期間。
李朝(りちょう)とも言う(李王朝の意)。 高麗の次の王朝。

1392年 高麗の武将 李成桂 太祖が恭譲王を廃して、自ら高麗王に即位したことで成立した。
1393年 李成桂は中国の明から「権知朝鮮国事」に封ぜられ、国号を朝鮮と改める。
1401年 太宗の治世時、明から正式に朝鮮国王として冊封を受けた。

1894年 に始まった日清戦争で日本が勝利したことにより、
       日本と清国との間で結ばれた 『下関条約』 は
       朝鮮に清王朝を中心とした冊封体制からの離脱と独立をもたらした。
1897年 この独立により朝鮮は
       国号を大韓帝国(だいかんていこく、通称・韓国) と改めたが、
       これ以後日本の強い影響下に置かれることとなり、
       韓国の主権は次第に日本に移されてゆく。
1910年 8月。『韓国併合ニ関スル条約』 調印によって日本に併合され、李氏朝鮮は消滅した。


■崔基鎬 (チェ・ケイホ、1923年-)韓国人の大学教授。

■経歴
明知大学助教授、中央大学、東国大学経営大学院教授を経て、現在、加耶大学客員教授。

■人物
日本統治時代に生まれ日本語に堪能で親日家である。韓国では親日発言は袋叩きにされるために公では発言をしていない。日本文化チャンネル桜内では朝鮮民族の性質を明言している。親日派という言葉をつかって政敵を糾弾する動きを批判している。

■主張
・日韓併合で搾取されたのは日本。
・韓国、朝鮮の本当の敵は中国である。
・李氏朝鮮は隷属国家であり、北朝鮮は日本時代の遺産をすべて壊し、李氏朝鮮の時代に戻っている。
・日本はもう謝罪する必要はない。
・日本は明治時代の武士道を覚醒させ、しっかりと韓国と手を組んで中国と対処してほしい。


崔基鎬 チェケイホ 教授 のお話し 1/3


崔基鎬 チェケイホ 教授 のお話し 2/3


崔基鎬 チェケイホ 教授 のお話し 3/3


posted by 百人一首散策人 at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日本の歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

鄭大均  在日・強制連行の神話

台湾は比較的親日的なのに、なぜ大陸人や半島人はこうも強烈な反日なのか。
日本が、時代の流れとして、欧米列強の大植民地化政策の怒濤の中に入らざるを得なくなり、アジアに勢力を広めていった当時、台湾と朝鮮半島で統治方法を違えていたわけでもないだろうに。

結局思いつくのは、半島人の民族性。国をまとめるのに、敢えて お手軽な 敵を作る(=歴史をゆがめる)という、安易な方法に走る傾向が強いのだろう。中国も同じ。

でも、改めてニュートラルな立場にみずからをおいてみると、奴ら(=強欲で傲慢かつ唯我独尊な欧米人)が来るまでは、東アジアは平和と言えば平和だったんだ。長く長く、歴史的にも地勢的にも、それなりの駆け引きをしながらも自然な付き合いをしていたんだ。まぁ、中国大陸の人々は 『中華思想』 でガチガチに染まっている人々だから、結局それは欧米人の唯我独尊振りとほぼ同じなので、彼らが日本よりも、もっと機敏に「欧米化という近代化」を遂げていたら、近現代の東アジアはどうなっていただろうと想像してみるのも面白そうですが・・・。

現実としては、中国が 手始めとして アヘンでやられました(1840〜1842年。By英国)。日本はなんとか欧米の 狡さ・こざかしさ・狡猾さ を逃れました。当時日本は、非欧米国としては唯一かつ、いち早く、欧米化という近代化に、それなりの対応を済ませました。なので、大陸人はじめ半島人も、そしてその他の東アジアの国々も、将来の指導層を日本に留学させ、欧米の大植民地化政策の怒濤に対応する「近代化」の勉強をしてもいました。日本語と、漢字の本家中国語で、思想・哲学・政治・科学・など各種分野の近代用語に、同じ表現(漢字)があるのは、それの名ごり。日本が、近代化に際して「苦心して考えた表現」。それらが、それなりに定着したものも少なくない。

ただし、日本はアヘンではやられませんでしたが、
百余年後の1945年(昭和20年)、『 原爆 』 を 落とされました・・・。By米国
勝った側は、と言うか仲間の多い側は、どんな残虐・残忍・非人道的なことをしても責められません。
負けた側は、もう少し正確に言うと 情報戦に疎い側は、
ウソ八百並べ立てられてまでも、とことん骨の髄まで、責め続けられ、貪(むさぼ)り続けられる。
というのが、先の戦争で日本が大いに学ぶべき、『 厳しい現実 』 でしょう。

ともあれ、その国(土地)の文化というのは、決して一方通行な優劣関係にあるものではなく、相互に影響しあいながら、結果として、それぞれの地の独自性を有した価値基準として成長発展していくものなんだから、その優劣を軽薄に、競い合うというか貶し合う事が、どれだけ愚かしい事か、伺えるというものです。

相手を貶(けな)すのではなく、ただ、自分を愛(め)でていればいいだけ、の話なのですから。

明治の近代化の 遣唐使 「 岩倉使節団 世界一周の旅 」 エンディング

  久米邦武 『米欧回覧実記』

  どの国にしても、
  その発達の根源から見ていくならば、
  急に勃興したものなどない。
  先に知識を得たものが、
  これを後世の人に伝え、
  次第に進むものだ。
  それを名付けて進歩というのである。


私の考えですが・・・。
『その国の、ひとりひとりの人々には罪はなくても、
 国家など、組織・集団になると、その民族性が増幅された形で出てくる』 。

この、増幅された現象に、いち早く影響されるのが、悲しいかな・・・、無学浅学で愚かな、
合理的判断基準を持たず、理性的対応もできない、すぐに感情や情緒だけで暴走する、瞬間着火型の
『 一部一般大衆(=いわゆる愚民) 』 なんですよね。
これが、私の察しますに・・・、日本に較べ、半島や大陸に ゴマン! と居る。

箱の砂に埋めたピンポン球が、箱を揺することで、浮上してくるのと同様の、民族性の顕在化現象。
なので、一種の自然現象とも考えると、その特性は、「改変不能」 !?  トホホ・・・。
どうかお互い、『人類の進歩と調和』 (笑。分かる人にだけ分かる標語) が有る民族
つまり、「改変可能」 であることを希求するのみです・・・。

台湾は海洋国家。
半島は半島といえど大陸と地つながり。
地政学的ちがいが民族性のちがいに反映されても来るでしょうし。

半島や大陸の今の姿は、いつまでもいつまでも、うらみつらみを植え続けることでしか国をまとめられない、彼らの国家体制の ゆがみ・ひずみ・未熟さ を鏡映ししてるんだね。当時自分たちがそれなりの理由で、日本に較べて「欧米列強への対応」に遅れたんだよ。それを、そもそも戦争なんて誰が相手であっても残忍なものなのに、戦時中の出来事をことさら誇大化させ、日本への逆恨みで自国の民衆をごまかしてるんだね。彼らの勢いに押されて、彼らの傾向を助長させている日本も日本だから、大陸人も半島人も列島人も、三者ともお互い 『自業自得』 と言う事か・・・。良くも悪しくも離れられない国だし、お互い長く価値ある交流を重ねている国なのに、実に不幸な現状だ。まぁ、不満のない隣国関係なんて無いのだけれど・・・。

大陸人も半島人も、日本を自分たちより下に見たい人種だから、
その根拠の乏しいプライド(=客観的説得力に欠ける空しい気位)ゆえに、
彼らの日本に対する振る舞いを、より一層、ゆがめ・ねじれ さすんだろう。
「プライド」 の わたし的定義:
ここで言う「プライド」を日本語にすると「気位(きぐらい)」。邪念の一種。
「自信」は、地道でひたむきな努力に裏付けられた「誇り」を伴う、「ゆるぎない前向きな気持ち」。
「気位」は、そういう配慮をおこたっている者がとらわれがちな、単なる後ろ向きで不健全な「くやしさ」。
「自信」は邪念ではないけれど、「プライド」は邪念。
だから、大陸人や半島人も「自信」を持てる頃には、少しは反日・嫌日が薄れるだろう。
参考コラム:
・対日コンプレックスから抜け出せない韓国人
http://members.at.infoseek.co.jp/konrot/hanniti04.htm
・韓国人よ、犬食文化に誇りを持て
http://members.at.infoseek.co.jp/konrot/bunka10.htm 


●北朝鮮の日本人拉致の忌々しい利用の仕方。
●中国の南京大虐殺の大袈裟化
 (=反日教育の強烈さ・冷静に考えれば考えるほど馬鹿馬鹿しいほどの彼らのウソさ加減)
●同じく、韓国の反日教育の強烈さ (彼ら自身の古代史さえ隠蔽や歪曲しようとしてるようにさえ伺える)
●一部であれ、目立ちすぎる在日朝鮮人のあつかましさ・振る舞いの荒さ雑さ (民団・総連・街宣右翼)
●台湾人の親日振り
●各国にいる日系人の、各国での評判
●それに較べて、半島人系移民の、各国での評判

これらを俯瞰的に眺めながら、日本人として知っておくべき情報は何なのかを知ろうとしないと、
日本が日本自身で、日本の不当な扱いを助長させ続けてしまう。


あらあら、鄭大均さんの 『在日・強制連行の神話』 という記事タイトルだったのに、
本題がこんなにずれてしまいました。 <(_ _)>

著者まえがき  「在日・強制連行の神話」

 在日コリアンの殆どは戦前日本が行った強制連行の被害者及びその末裔だ、という「神話」がある。
 この神話は日本社会に広く流布し、今や「常識」にすらなりつつあるが、著者はそれに疑問を呈する。
 多くの在日一世の証言を読むと、大多数は金儲けのために、あるいは、教育を受けに、自らの意思で海峡を越えた様子が見て取れるからである。
 著者はこの「神話」がどのようにして拡がり、どう日本の社会に影響しているのかを分析しつつ、その実像にせまる。

■鄭 大均(てい たいきん、1948年 - )
東京都立大学 人文科学研究科社会人類学分野教授。
専攻はエスニシティ、ナショナリズム、日韓関係論。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%84%AD%E5%A4%A7%E5%9D%87

■人物
岩手県生まれ。
父親は1922年に渡日した朝鮮人で関東大震災前後には「鮮人作家」として知られた鄭然圭。
母親は岩手県出身で、戦後、疎開先の岩手県黒沢尻町(現在の北上市)で生まれる。
北上は母親の故郷である。
岩手県立黒沢尻北高等学校、立教大学文学部および法学部を卒業。
1973年から74年にかけてアメリカ合衆国東部で暮らす。
1978年、カリフォルニア大学ロサンゼルス校修士課程修了。(アジア系アメリカ人研究)。
履歴については自叙伝的作品である 『在日の耐えられない軽さ』 (中公新書)に詳しい。


鄭 大均 てい たいきん 教授 のお話し 1/6


鄭 大均 てい たいきん 教授 のお話し 6/6


2/6 は、 http://www.youtube.com/watch?v=Zf04zu74aak
3/6 は、 http://www.youtube.com/watch?v=ZGvv4slxF4U
4/6 は、 http://www.youtube.com/watch?v=Ff97VdOfdP4
5/6 は、 http://www.youtube.com/watch?v=KAEqbo0s4u0

posted by 百人一首散策人 at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日本の歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

韓国の歴史を知るブログ

面白かったので、2008年12月からの全91記事を完読しました。
http://takezawa.iza.ne.jp/blog/
別に私が韓国の一面の歴史を知ったからと言って、一日本人の私を苛立たせる「私にとっての、韓国や韓国人の愚かしく馬鹿げた振る舞い」が改まるわけではありません。今の彼らにしてみれば、彼らの考え行為こそが「絶対に正しい・正義だ」と思っているのでしょうから。ですが、苛立つ相手国や相手国民に、感情にまかせた罵りをつらねても、自分自身のイライラが募るだけです。好きになれない相手ではあっても、その歴史の一面を知ることは、自国日本の歴史をよりよく知ることでもあると思うので、興味深く読みふけってしまいました。


ブログの名
日本と韓国の思想−−この似て非なるもの
http://takezawa.iza.ne.jp/blog/
ブログ説明文
日本人と韓国人はお互いに相手を理解できないでいます。
両国とも儒教の影響を受けているのに何故でしょう。
主に思想史の観点から掘り下げてみます。

ブログ主( 虎頭玄純さん )のプロフィール
サラリーマン生活の最後に、日韓交流関係団体の理事を経験し、現在もその活動に係わっています。最近クラス会などに出ると、必ず韓国嫌いの人がいます。韓国にも日本嫌いの人がいます。嫌われたら嫌うという感情もお互いにあるでしょう。 テレビドラマや観光などを通して、韓国好きの日本人、日本好きの韓国人が増えつつあります。好かれたら好きになれるのかな。 相手国の歴史や文化を知ることが両国民間の一層の信頼をはぐくむ一助となるのではと考え、私なりに調べ、考えながら、連載形式で報告します。


私のお気に入り記事をコメントを含めて、紹介させていただきます。

日本と韓国の思想(その10)歴史教育    2008/12/31
http://takezawa.iza.ne.jp/blog/entry/855585/#cmt です。
韓国の歴史教科書は、通信使が日本に与えた影響について、次のように述べています。
「日本は通信使の一行を通して、先進学問と技術を学ぼうと懸命であった。したがって、通信使は外交使節としてだけでなく、朝鮮の先進文化を日本に伝播する役割も果たした。」

そのように多くの韓国人が信じているので、日本人は時々吃驚します。駐日大使を務めたことのある知識人でさえも、「江戸時代に朝鮮通信使が先進文化や技術を日本に教えてあげた。それが明治以降の日本の発展の基礎となった」と講演中に述べ、聴衆を唖然とさせたことがあります。

1719年に来日した通信使の申維翰(しん いかん 、 シン・ユハン)が著した『海游録』を読むと「朝鮮の文化や技術を日本に教えた」というような事実は読み取れません。詳しくは後述しますが、申維翰は儒教や儒教的秩序や漢詩の水準が朝鮮に比べて劣っていると記述しながらも、日本の経済力と技術力の高さには舌を巻いています。

青少年が自国を誇らしく思うように歴史を教えるのでなく、何よりも正確に事実を教えることが重要ではないでしょうか。
そのことが、歴史から学んで将来の自国の繁栄と国際平和を担いうる有為な人材の育成につながることを、韓国は自覚しなければならないと思う次第です。

日本も上記のことを自覚し、いわゆる「自虐史観」でなく、だからと言って「自尊史観」でもない、難しいけれど「バランス感覚のある公正な史観」を国民が共有化できるよう努力することが大切ではないでしょうか。
 次回から、『海游録』の描写を抜粋して、具体的に日韓の考え方の違いについて考えて行きます。

2008/12/31 12:25  Commented by iza-hidarimaki さん
今日は いつもとても興味深く読ませていただいています。
確か福沢諭吉でしたか 100年先を考えるものは教育をやれといったのを何かで読んだような気がします。自虐でも自尊でもない公平な史観を共有できることが大切と言うご意見に共感を覚えます。しかしこれが簡単なことではなく 改めて教育の重要性を感じる次第です。
  
2008/12/31 14:16  Commented by 虎頭玄純 さん
いつもお読みいただいていると伺い、嬉しいとともに責任を感じます。しかし、責任を感じすぎて肩に力が入ってもいけないので、これまで通り、考えたことを素直に書き続けようと思います。間違ったことを書いたらご遠慮なく突っ込んで下さい。

2009/01/18 14:25  Commented by ana5 さん
韓国の歴史感覚に未熟さを感じます。
どんな国も他国文化の影響を受けず成立するわけがない。
その事を、理解しようとしない半島国家の悲哀は理解できるが、いまだに自国文化の根がわかっていない。
最も影響を与えたのは科挙を利用したリャンパン制度(両班制度)だったと思えます。



申維翰(しん いかん) 『海游録』 概要
『海游録』は、「かいゆうろく」とでも読めばいいのでしょう。読みを書いてる資料には出会えませんでした。
朝鮮通信使が受けたカルチャーショック
  〜 申維翰(シン・ユハン)著/カン・ヘソン訳『朝鮮学者の日本見聞録』(イマーゴ)

水路5210里、陸路1350里、所要時間261日、朝鮮人475人と随行日本人1000人余り…。
釜山から出発し、対馬・大阪・京都・名古屋を経て江戸まで…日本に向かう朝鮮通信使の
人数と旅程だ。壬辰倭乱(文禄・慶長の役)の前まで8回、交流が一時中断した後、1607
年の「丁未通信使」を皮切りに19世紀までに再び12回、日本に朝鮮通信使が派遣された。

非嫡出子として生まれ、25歳のとき国家試験「国子監試」に合格、朝鮮時代の最高学府
「成均館」に入った申維翰(シン・ユハン)も、1719年の「己亥使臣行次」(再開後第9回朝
鮮通信使)で文官「製述官」に抜てきされ、日本を訪れた。これはその記録をつづった本で、
言わば「外交公式使節の日本旅行記」だ。

朝鮮時代後期の知識人が見た日本には、2つの側面があった。戦乱の傷跡がまだ癒えて
いない時期、再び膨張する軍事力と経済力を警戒する一方、文化的には依然として「野蛮」
と見なす考え方がぶつかり合う。「こんなすばらしい景色が何の間違いか蛮族の地にある
とは」という嘆きがその代表例だ。対馬藩主に頭を下げあいさつするのを拒否し、相手が
注意しても「日本」ではなく「倭」(中国などから見た日本の呼称)と呼ぶことに固執する。

だが、この本は当時の朝鮮人の目に映った日本風俗史でもある。日本の性風俗について
詳細な記録を残しており、「男娼」文化にも言及している。著者が「世の国々はどこでも
みだらで惑わされるものを警戒するが、“陽”だけあり“陰”がないのに互いに感じ合い、
喜び合うことができるというのですか」と尋ねると、相手は「学士(文官、申維翰のこと)は
あの楽しさが分からないようですな」と答えたと書いてある。

著者は「かの国の風俗に惑いされるのは分かる」と舌打ちしているものの、詳細な問答を
記録しているのを見ると、とてつもないカルチャーショックを受けていたことが分かる。天皇
と将軍が権力を分担する日本の政治体制を珍しがるのは当然だが、臣下である関白に
ついて「偉人は鋭く、秀逸で、明晰(めいせき)だった。“武”を好む一方で“文”を嫌い、
質素さを尊び、ぜいたくを排除した」と客観的に記述している。訳者は「近代以前の日本
紀行文の代表作で、朴趾源(パク・チウォン)の『熱河日記』と共に朝鮮紀行文学の双へき
を成すに値する」と評価している。  【キム・ソンヒョン記者】


これの補填として、次の記事も完読しました。
明治開化期の日本と朝鮮(1)
http://f48.aaa.livedoor.jp/~adsawada/siryou/060/resi012.html
これは、
http://f48.aaa.livedoor.jp/~adsawada/  の
http://f48.aaa.livedoor.jp/~adsawada/siryou/index.htm  の1記事です。

http://f48.aaa.livedoor.jp/~adsawada/ の冒頭表示内容

この画像の表示内容(文章)は、今の私の思いとほぼ同じです。
ネットなどで目にしてしまう、馬鹿達の罵り合いの受け売りではなく、事実を知りたいのです。

馬鹿達
私にすればそうです。
己がさいた労力で、得た知識でもないのに、
単に己の気が晴れる、好き嫌いで言うところの単なる好きだ気に入った、と言うだけで
お互い、それをあたかも絶対真実だとばかりに無意味にぶつけあう輩達(やからたち)。 日韓双方。
私は日本人ですから、韓国系の輩が書いたであろう日本を見下す内容には憤りを覚えますが
だからといって、そう言う相手に罵声を返しては、どっちも馬鹿だね、って思ってしまう私です。
ただ、日本の私にしてみれば、韓国は地理的歴史的に、
「とても歪んだ価値観を持つに至ってしまった民族なんだなぁ、やっかいな隣国だなぁ」 です。
韓半島民族になんて、日本国として相手になって欲しくないけれど、
無視し続けると、どんどん日本の評価が落ちていくようで、拉致された人々は取り残されてしまうし・・・。
実に、馬鹿馬鹿しく・いらだたしく・歯がゆい隣国達です。
日朝併合した当時の日本の気持ちは、今の私の気持ちと、似たり寄ったりだったのかなぁとも思っています。

どうやら、朝鮮半島の民族性は「事実」に対する探求心よりも
己の自尊心を満足させてくれる「物語」を追い求める民族なんだろう。
それだけなら勝手にどうぞなのですが、難儀なことに、
そのうえに立って「相手を貶す」のだから(中国も同じ・いわゆる中華思想)
貶されるコチラとしては耐えきれるものではない。
 
でもなんとなく、情けなく可愛そうな民族だなぁ、事実に対し正面から対峙できない民族って。
この世は、物語で成立しているのだろうか?
いや、もちろん権謀術数でフィクションを事実のように思わせた方が
短期的には勝利をおさめがちなこの世ではありますが・・・。

なぜか知らねど、
中国の権謀術数(プライド重視・物語好き)には、その緻密さに脅威を感じるけれど、
韓半島国の権謀術数(プライド重視・物語好き)には、憐れさを感じてしまう私です。

まぁ日本人の感覚と中華思想はまったく相容れないからね。
「日本人は民族的な優劣なんて無いよ。努力次第でしょう」って思っている民族だと思うんですよね、私は。
だいたいから、中華思想に浸りたいという感情自体が、日本人からすれば、劣等感の証明ですから。
評価は己がするのではなく、他人がするのです。
己は静かに、気位ではなく、己なりの自信と誇りを持って、事に臨み続ければよいだけです。
気位という邪念は地道な努力を伴ってないので、他を貶したくなるものですが、
地道な努力の上に導き得た自信という一種の悟りは、他を貶そうとはしないものです。

彼らが威張れば威張るほど、日本人は彼らを軽蔑するし、
軽蔑されれば軽蔑されるほど、彼らはますます日本を馬鹿にするし、
日本に対する暴挙にもなんの罪も感じない人が増えるのだろう。
特に、国力がどうしても日本に叶わない半島国人はなおさらだ。


こんな感覚・価値観は彼の国々にはないのだろうか・・・
明治の近代化の遣唐使 「 岩倉使節団 世界一周の旅 」 エンディング

  久米邦武 『米欧回覧実記』

  どの国にしても、
  その発達の根源から見ていくならば、
  急に勃興したものなどない。
  先に知識を得たものが、
  これを後世の人に伝え、
  次第に進むものだ。
  それを名付けて進歩というのである。
動画アップパーソンコメント  明治日本・西洋と出会う
明治新政府の成立からわずか3年。岩倉具視、大久保利通、木戸孝允、伊藤博文ら、政府 要人が1年10か月にわたり欧米12か国を視察する、世界一周の旅に出た。総勢46名 、平均年齢32歳の若者たちからなる遣外使節、「岩倉使節団」である。 使節団が日本を発った明治4年。日本は国を成り立たせるために必要な制度が未整備で、 どのような国づくりを進めるか、そのビジョンすら定まっていなかった。使節団に課せら れた使命は、日本が近代国家として生き残るための青写真を、欧米の先進諸国から見出す こと。それは日本の将来を背負う若者たちによる、自分さがしならぬ、国さがしの旅だっ た。一行は、初めて目にする西洋文明に驚嘆し、時に思わぬ挫折を味わいながらも、米英 仏の大国から小国まで、その実態をつぶさに観察する。各国の長所と短所を肌で感じた旅 の経験は、単なる欧米の模倣ではない、独自の近代化の道を日本が歩み出す出発点となっ た。 番組では、岩倉使節団の欧米視察の道程を、若者たちが「日本の進むべき道」を見出して いく成長譚の視点から捉え直し、近代日本成立の原動力となった世界一周の旅、その足跡 を描く。

posted by 百人一首散策人 at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日本の歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする