百人一首を覚える いまこむと 21.素性法師

■小倉百人一首 21番歌                                        百首一覧

今こむと言ひしばかりに長月の 有明の月を待ちいでつるかな  素性法師

・かな表示
いまこむと いひしばかりに ながつきの ありあけのつきを まちいでつるかな
・読み
いまこんと いいしばかりに ながつきの ありあけのつきを まちいでつるかな
・歌人名
そせいほうし


■意味
「すぐ行くからね」って貴方が言ったから、
私は九月の長い夜をずっと一人で待ってたのよ。
なのに何よ〜!
「有明の月」が見える 夜明けになってしまったじゃないのよ〜


■解説
長月   … 旧暦の九月。
      旧暦での12ヶ月は、
      睦月、如月、弥生、 卯月、皐月、水無月、
      文月、葉月、長月、 神無月、霜月、師走 。
有明の月 … 夜明けごろ見えている月。
代詠   … この歌は作者が女性になり切って詠んだ歌。



素性法師(そせいほうし、9世紀後半〜910 ? 、生没年差 ? )
 平安時代前期の人。_ 
 前期を 794〜930年 の 130余年間として。 (平安時代は 794〜1192年 の 約400年間)_

良岑玄利(よしみねはるとし)。
12番 僧正遍昭 の子。
三十六歌仙のひとり。 (百人一首の歌番号順で10番目)

六歌仙 & 三十六歌仙 の整理  (図 クリックで、オリジナル資料 表示します)  

このブログ中の記事は ⇒ 百歌人 のなかの 六歌仙、三十六歌仙






■小倉百人一首が より一層 おもしろくなる ミニ知識

1.小倉百人一首の時代背景・歴史背景、 藤原家系&冷泉家について

2.小倉百人一首 百歌人の 氏・家 系統 分類、 血統つながり
 (概略:多い順並び)
01. 藤原   34人 (筆頭、18番 藤原敏行朝臣)
02. 源    13人 (筆頭、14番 川原左大臣)
03. 皇族   10人 (筆頭、01番 天智天皇)
04. 大江    6人 (筆頭、23番 大江千里)
05. 清原    3人 (筆頭、36番 清原深養父)

06. 小野    2人 (筆頭、09番 小野小町)
07. 良岑    2人 (筆頭、12番 僧正遍昭)
08. 在原    2人 (筆頭、16番 中納言行平)
09. 文屋    2人 (筆頭、22番 文屋康秀)
10. 壬生    2人 (筆頭、30番 壬生忠岑)
11. 紀     2人 (筆頭、33番 紀友則)
12. 平     2人 (筆頭、40番 平兼盛)
13. 大中臣   2人 (筆頭、49番 大中臣能宣)

14. その他  18人 (筆頭、03番 柿本人麻呂)


[その他]グループの歌人は、
「百人一首歌人の中には 同族系統の人 は居ない」 と思われる歌人です。
 


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百人一首を覚える ふくからに 22.文屋康秀

■小倉百人一首 22番歌                                        百首一覧

吹くからに秋の草木のしをるれば むべ山風を嵐といふらむ  文屋康秀

・かな表示
ふくからに あきのくさきの しをるれば むべやまかぜを あらしといふらむ
・読み
ふくからに あきのくさきの しおるれば むべやまかぜを あらしというらん
・歌人名
ふんやのやすひで


■意味
吹くとたちまち 秋の草木がしおれます。
あぁ〜だから 山風を嵐と言うのでしょうねぇ〜。


■解説
しをる…草木が色あせてぐったりする様子。 今の言葉の「しおれる」?
むべ〜〜らむ…「なるほどだから〜〜なんでしょうね」となる。


文屋康秀(ふんやのやすひで、? 〜 885 ?、生没年差? )
 平安時代前期の人。_ 
 前期を 794〜930年 の 130余年間として。 (平安時代は 794〜1192年 の 約400年間)_

37番 文屋朝康 の父。
六歌仙のひとり。 (百人一首の歌番号順で5番目) 

六歌仙だけれど、三十六歌仙ではない。
六歌仙だけれど、三十六歌仙でないのは、百人一首の歌人では 二人。
8番 喜撰法師 と 22番 文屋康秀。

六歌仙 & 三十六歌仙 の整理  (図 クリックで、オリジナル資料 表示します)  

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■小倉百人一首が より一層 おもしろくなる ミニ知識

1.小倉百人一首の時代背景・歴史背景、 藤原家系&冷泉家について

2.小倉百人一首 百歌人の 氏・家 系統 分類、 血統つながり
 (概略:多い順並び)
01. 藤原   34人 (筆頭、18番 藤原敏行朝臣)
02. 源    13人 (筆頭、14番 川原左大臣)
03. 皇族   10人 (筆頭、01番 天智天皇)
04. 大江    6人 (筆頭、23番 大江千里)
05. 清原    3人 (筆頭、36番 清原深養父)

06. 小野    2人 (筆頭、09番 小野小町)
07. 良岑    2人 (筆頭、12番 僧正遍昭)
08. 在原    2人 (筆頭、16番 中納言行平)
09. 文屋    2人 (筆頭、22番 文屋康秀)
10. 壬生    2人 (筆頭、30番 壬生忠岑)
11. 紀     2人 (筆頭、33番 紀友則)
12. 平     2人 (筆頭、40番 平兼盛)
13. 大中臣   2人 (筆頭、49番 大中臣能宣)

14. その他  18人 (筆頭、03番 柿本人麻呂)


[その他]グループの歌人は、
「百人一首歌人の中には 同族系統の人 は居ない」 と思われる歌人です。
 
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百人一首を覚える つきみれば 23.大江千里

■小倉百人一首 23番歌                                        百首一覧

月みれば千々に物こそ悲しけれ 我が身ひとつの秋にはあらねど   大江千里

・かな表示
つきみれば ちぢにものこそ かなしけれ わがみひとつの あきにはあらねど
・読み (かな表示のまま)
・歌人名
おおえのちさと


■意味
月を見ていると 色々な思いに心が乱れ もの悲しくなります。
なぜでしょうかねぇ〜。
私一人に 秋がやってきたと言うわけでもないのに…。


■解説
ちじに(千々に) … さまざまに、色々と。
わが身一つの   … 私一人の


月・星・太陽、について:
月は 百人一首では この大江千里の歌を含め 12首で歌われ ています。
一方、星や太陽はほとんど詠まれていません。
百人一首には、星や太陽にちなんだ歌は無いようです。
僅かに 6番「かささぎの〜」で七夕がからむくらいでしょうか。

JAXA(宇宙航空研究開発機構)のサイトでは、
今日の月(のかたち) & 月例カレンダーが確認できます。


大江千里(おおえのちさと、9世紀後半〜10世紀初頭、生没年差 ? )
 平安時代前期の人。_ 
 前期を 794〜930年 の 130余年間として。 (平安時代は 794〜1192年 の 約400年間)_

大江音人(おおえのおとんど)の子。 
文章博士。 家集に『句題和歌』がある。
 
私の手持ちの本のひとつには、
大江千里が「16番 中納言行平、17番 在原業平 の甥」と書いてあります。
ということは、大江音人(=千里の父親)が 「業平・行平」と兄弟と言うことでしょうか?

業平&行平は、阿保親王の息子ではあります。 (阿保親王は、51代 平城天皇の息子
ここで、業平は正室との間にできた子 & 行平は侍女との間にできた子、です。

大江千里が 在原業平&行平兄弟の 甥(=他の兄弟の子)であるとの説 (その1&2)
1.「千里の父親(大江音人)は阿保親王の子である」説
  大江音人は、実際は阿保親王の長子であるが、
  阿保親王が「薬子の変」(くすこのへん)の連座で大宰府に左遷されたため、
  大枝本主(もとたか)の養子になった。
2.「千里の父親(大江音人)は阿保親王の侍女の子である」説
  大江音人の母 中臣氏はもともと阿保親王の侍女で、
  阿保親王の子を身籠もった後に、大枝本主(もとたか)の妻となり音人を産んだ。
( wikipediaの 大江音人 より )

また、大江氏について、次のような記述もあります。
山城(やましろ)国(現 京都府) 乙訓(おとくに)郡 「大江郷」 の地名に由来する。
790年12月桓武天皇の勅に、
天皇の外祖母氏である土師宿禰(はじのすくね)に大枝朝臣(あそん)賜姓のことがみえ、
866年10月氏人の改姓を求める上書をいれ、大江氏と改めた。
音人(おとんど)、千里(ちさと)、千古(ちふる)、匡衡(まさひら)、匡房(まさふさ) など
著名な歌人や学者を輩出している。
『尊卑分脈』や『本朝皇胤紹運録』『大江氏系図』などでは
大江氏の出自を平城天皇の皇子阿保親王の系とし、
平城天皇―阿保親王―大枝本主(もとたか)―大江音人としているが、
これは大江氏が自家の家系を尊くしようとした作為によるもので、
『公卿補任』に音人について先祖本姓土師とあるのが正しい。
( Yahoo百科事典の 大江氏 より )

大江家系図 (百人一首に絡む人物部分)




■小倉百人一首が より一層 おもしろくなる ミニ知識

1.小倉百人一首の時代背景・歴史背景、 藤原家系&冷泉家について

2.小倉百人一首 百歌人の 氏・家 系統 分類、 血統つながり
 (概略:多い順並び)
01. 藤原   34人 (筆頭、18番 藤原敏行朝臣)
02. 源    13人 (筆頭、14番 川原左大臣)
03. 皇族   10人 (筆頭、01番 天智天皇)
04. 大江    6人 (筆頭、23番 大江千里)
05. 清原    3人 (筆頭、36番 清原深養父)

06. 小野    2人 (筆頭、09番 小野小町)
07. 良岑    2人 (筆頭、12番 僧正遍昭)
08. 在原    2人 (筆頭、16番 中納言行平)
09. 文屋    2人 (筆頭、22番 文屋康秀)
10. 壬生    2人 (筆頭、30番 壬生忠岑)
11. 紀     2人 (筆頭、33番 紀友則)
12. 平     2人 (筆頭、40番 平兼盛)
13. 大中臣   2人 (筆頭、49番 大中臣能宣)

14. その他  18人 (筆頭、03番 柿本人麻呂)


[その他]グループの歌人は、
「百人一首歌人の中には 同族系統の人 は居ない」 と思われる歌人です。
 
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百人一首を覚える このたびは 24.菅家

■小倉百人一首 24番歌                                        百首一覧

このたびはぬさもとりあへず手向山 紅葉のにしき神のまにまに   菅家

・かな表示
このたびは ぬさもとりあへず たむけやま もみぢのにしき かみのまにまに
・読み
このたびは ぬさもとりあえず たむけやま もみじのにしき かみのまにまに
・歌人名
かんけ


■意味
神様〜。今度は急な旅立ちで、「捧げ物」も捧げることができません。
その代わりと言ってはなんですが…、手向山の「もみじの錦」を捧げます。
どうぞ、神様の お気持ちのままに お受け取り下さいませ。


■解説
たび    … 「度(たび)」と「旅(たび)」を掛けている。
ぬさ(幣) … 木綿や錦の切れ端で作った、神への捧げもの。
       昔、旅に出る際には、
       これを道々の道祖神に捧げて、旅の無事を祈った。
       「紙幣」の「弊」は「ぬさ」という意味があるんですね。
とりあへず … 「とり」の原形は「とる」。「とる」の意味は「捧げる」。
       なので次のような解釈もある。
       「とりあへず」=「捧げることができません」。
手向山   … 神に供え物をする山。
       固有名詞ではない。
まにまに  … ままに、お気に召すまま、ご自由に。


「神に捧げる幣として、
 持参した錦の切れ端よりも 手向山の紅葉の錦の方がふさわしい」という歌。
「手向山の紅葉」を、「錦織の華麗な美しさ」として浮かび上がらせる趣向。


菅家(かんけ、845〜903、生没年差 58)
 平安時代前期の人。_ 
 前期を 794〜930年 の 130余年間として。 (平安時代は 794〜1192年 の 約400年間)_

菅原道真(すがはらのみちざね)。
当代きっての漢詩人。文章博士。
右大臣となるが太宰府に左遷され、太宰府で没。
漢詩集『菅家文章』『菅家後集』がある。

59代 宇多天皇に気に入られ隆盛をきわめるものの、
藤原家系にうとましがられ太宰府(九州福岡県)に左遷される。(※)
道真が太宰府で没後、京では色んな凶事が発生し、道真のたたりとおそれられる。
このおそれにより、道真や道真の身内にかけられた汚名が回復される。


60代 醍醐天皇の治世でも道真は昇進を続けるが、道真の主張する中央集権的な財政に、
朝廷への権力の集中を嫌う藤原氏などの有力貴族の反発が表面化するようになった。

学問の神様として「天神さん」で親しまれ、
「菅原天満宮」「太宰府天満宮」にまつられている。
ただし、こういう話もある。
道真は当時の普通の貴族であり、妾もいれば、遊女遊びもしていた。
在原業平とは親交が深く、遊女らで賑わった京都大山崎を、たびたび訪れている。



■小倉百人一首が より一層 おもしろくなる ミニ知識

1.小倉百人一首の時代背景・歴史背景、 藤原家系&冷泉家について

2.小倉百人一首 百歌人の 氏・家 系統 分類、 血統つながり
 (概略:多い順並び)
01. 藤原   34人 (筆頭、18番 藤原敏行朝臣)
02. 源    13人 (筆頭、14番 川原左大臣)
03. 皇族   10人 (筆頭、01番 天智天皇)
04. 大江    6人 (筆頭、23番 大江千里)
05. 清原    3人 (筆頭、36番 清原深養父)

06. 小野    2人 (筆頭、09番 小野小町)
07. 良岑    2人 (筆頭、12番 僧正遍昭)
08. 在原    2人 (筆頭、16番 中納言行平)
09. 文屋    2人 (筆頭、22番 文屋康秀)
10. 壬生    2人 (筆頭、30番 壬生忠岑)
11. 紀     2人 (筆頭、33番 紀友則)
12. 平     2人 (筆頭、40番 平兼盛)
13. 大中臣   2人 (筆頭、49番 大中臣能宣)

14. その他  18人 (筆頭、03番 柿本人麻呂)


[その他]グループの歌人は、
「百人一首歌人の中には 同族系統の人 は居ない」 と思われる歌人です。
 
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百人一首を覚える なにしおはば 25.三条右大臣

■小倉百人一首 25番歌                                        百首一覧

名にしおはば逢坂山のさねかづら 人に知られでくるよしもがな   三条右大臣

・かな表示
なにしおはば あふさかやまの さねかづら ひとにしられで くるよしもがな
・読み
なにしおわば おうさかやまの さねかずら ひとにしられで くるよしもがな
・歌人名
さんじょうのうだいじん


■意味
「恋しい人に逢って共に夜を過ごす」
と言う意味を持つ
「逢坂山のさねかづら」。
その長いつるを手繰るように
誰にも知れず貴方を連れ出す方法はないものだろうか…。


■解説
名にしおはば … ○○と言う名前なのだから。
        ○○と言う意味を持つのだから。
さねかずら … マツブサ科の常緑つる性木本(つる草)。
        漢字では「実葛」と書く。
        ビナンカズラ(美男葛)ともいう。
        これは昔、
        このつるから粘液をとって整髪料に使ったため。
        この歌では、「さ寝(共寝)」との掛詞。
縁語    …「逢坂山」の「逢」 と 
       「さねかづら」の「さ寝(共寝)」
        が縁語にもなっている。


実際には相手をたぐり寄せることなど出来ないのだけれど、
「それほどにまで思っているんですよ」 と言う 恋の重苦しさを訴えている。

滋賀県 大津市 逢坂山



三条右大臣(さんじょうのうだいじん、873〜932、生没年差 59 )
 平安時代前期の人。_ 
 前期を 794〜930年 の 130余年間として。 (平安時代は 794〜1192年 の 約400年間)_

藤原定方(ふじわらのさだかた)。
和歌・管弦に優れる。
三条右大臣の呼び名は、京都三条に邸宅が在ったことによる。
27.中納言兼輔は、25.定方(三条右大臣)と従兄弟関係。
44.中納言朝忠は、25.定方(三条右大臣)の子。



■小倉百人一首が より一層 おもしろくなる ミニ知識

1.小倉百人一首の時代背景・歴史背景、 藤原家系&冷泉家について

2.小倉百人一首 百歌人の 氏・家 系統 分類、 血統つながり
 (概略:多い順並び)
01. 藤原   34人 (筆頭、18番 藤原敏行朝臣)
02. 源    13人 (筆頭、14番 川原左大臣)
03. 皇族   10人 (筆頭、01番 天智天皇)
04. 大江    6人 (筆頭、23番 大江千里)
05. 清原    3人 (筆頭、36番 清原深養父)

06. 小野    2人 (筆頭、09番 小野小町)
07. 良岑    2人 (筆頭、12番 僧正遍昭)
08. 在原    2人 (筆頭、16番 中納言行平)
09. 文屋    2人 (筆頭、22番 文屋康秀)
10. 壬生    2人 (筆頭、30番 壬生忠岑)
11. 紀     2人 (筆頭、33番 紀友則)
12. 平     2人 (筆頭、40番 平兼盛)
13. 大中臣   2人 (筆頭、49番 大中臣能宣)

14. その他  18人 (筆頭、03番 柿本人麻呂)


[その他]グループの歌人は、
「百人一首歌人の中には 同族系統の人 は居ない」 と思われる歌人です。
 
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