百人一首は歌織物 目次  (百人一首の配置図)


1 百人一首講習会に参加してきました

2 百人一首の中で、なぜこの歌が?と思う歌

3 百人一首は歌織物

4 百人一首の配置図

5 百人一首 配置図解析ことはじめ

6 歌織物説を上手に紹介している2サイトの紹介


■ ”歌織物”説をとなえている 林 直道 氏 略歴
1923年、大阪市に生まれる。
1946年、大阪商科大学を卒業。
大阪市立大学教授をへて 現在、
大阪市立大学名誉教授、
関西勤労者教育協会副会長、
経済学博士。


■百人一首の秘密
百人一首は、縦10首・横10首の方形のわくのなかに、
百首をある特殊な順序で配列することによって、
上下左右に隣り合うすべての歌どうしが
なんらかの共通語=合せ言葉によって全部ぴったり結ばれあうという、
まことに奇抜な構造をもっている。

歌織物=「言葉合せのジグソー・パズル」を解読し、
なぜ定家がかくまで辛苦を払って至難の歌織物をつくったのか、
定家をそこまで駈り立てた動機はなんだったのか、
定家の心情、内面の問題についても解明。81年刊の新装版。

■百人一首の世界
「百人一首は「歌織物」である」という仮説をもとに、
定家が百首歌の編纂にあたって
「用捨は心にあり」と書いたその「こころ」を探る。
「百人一首の秘密」の続編。86年刊の新装版。

posted by 百人一首散策人 at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 小倉百人一首は 歌織物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

百人一首講習会に参加してきました。

12月13日(土)。奈良で行われた「百人一首ミニ講習会」に参加してきました。
アットホームな雰囲気で楽しく貴重な2時間でした。

”百人一首は歌織物”説をとなえている 林直道さんのお話を聴くミニ講習会です。
林直道さんは、専門は経済学なのですが、
「百人一首の秘密」「百人一首の世界」を出されており、
私は林直道さんの説におおいに親近感を感じています。


■林 直道 氏 略歴
1923年、大阪市に生まれる。
1946年、大阪商科大学を卒業。
大阪市立大学教授をへて 現在、
大阪市立大学名誉教授、関西勤労者教育協会副会長、経済学博士。

■百人一首の秘密
百人一首は、縦10首・横10首の方形のわくのなかに、
百首をある特殊な順序で配列することによって、
上下左右に隣り合うすべての歌どうしが
なんらかの共通語=合せ言葉によって全部ぴったり結ばれあうという、
まことに奇抜な構造をもっている。

歌織物=「言葉合せのジグソー・パズル」を解読し、
なぜ定家がかくまで辛苦を払って至難の歌織物をつくったのか、
定家をそこまで駈り立てた動機はなんだったのか、
定家の心情、内面の問題についても解明。81年刊の新装版。

■百人一首の世界
「百人一首は「歌織物」である」という仮説をもとに、
定家が百首歌の編纂にあたって
「用捨は心にあり」と書いたその「こころ」を探る。
「百人一首の秘密」の続編。86年刊の新装版。



林さんは大阪市立大学で経済学を教えておられた方で
経済学教授が百人一首の本というのも面白いのですが、
林さんは現在85才で、とてもお元気でお話しも大変面白い方でした。

私自身「歌織物」説は何度か見聞きしていたのでが、
百人一首に興味を持ち始めた頃、
織田正吉さんの 『絢爛たる暗号−百人一首の謎を解く』
太田明さんの 『百人一首の魔方陣』 にすでに触れていた私としては
余り真剣に林直道さんの説に触れようとは思いませんでした。

でも今回このミニ講習会参加申し込みを切っ掛けに、
昔読んだ本と、林直道さんの2冊の本を読んで講習会に参加し、
じかに林直道さんご本人の語りを聴いて、
「う〜〜ん、なるほど〜」と感じました。

また、お話しの終了後の懇談で、織田正吉さんの「絢爛たる暗号」のことを尋ねたところ
「絢爛たる暗号」も素晴らしい分析結果ですと賞賛されてました。

ただ、織田さんも林さんも、
「定家の後鳥羽院や順徳院や式子内親王に対する思いを、
 定家はこの百首の選択に組み込んだ」
ということは共通しています。

そう言う言葉に触れて、私としては、
百人一首は
「百人から一首づつとった歌」というよりも
「百人の歌で作り上げた、一つの完成品(一首)」なんだなと
改めて痛感しました。

百人一首が10×10で示している歌織物の例:



posted by 百人一首散策人 at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 小倉百人一首は 歌織物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

百人一首の中で、なぜこの歌が?と思う歌

小倉百人一首の中には、なぜこういう歌が選ばれているんだろうと
不思議に思う歌が幾つかあります。

私が「なぜこの歌が?」と思う筆頭は、10番 蝉丸の歌です。
これやこの行くも帰るもわかれては しるもしらぬも逢坂の関

また、私の友人は、「86番 西行の歌が余り好きではない」と言います。
なげけとて月やはものを思はするかこち顔なるわが涙かな

「西行の歌を載せるなら、この歌よりも次の歌が良い」 らしいです。
願はくは 花の下にて 春死なん その如月の 望月のころ


先日、林直道さんの「百人一首は歌織物」という講演を聴いたのですが、
その林直道さんは、
20番 元良親王 の歌もまた面白い歌です」と言っておられました。
「単なる プレイボーイの駆け落ちの歌ですよ〜」と笑っておられました。
わびぬれば今はたおなじ難波なる みをつくしても逢わむとぞ思ふ


また私としてはこうも思っています。
藤原家系の人々が多く登場する百人一首の中で
藤原家の筆頭代表格的存在でもある、藤原道長の次の歌はありません。
この世をば わが世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば


もちろん、こんな事を言い出すときりがないのですが、
だからゆえに、百人一首が面白いのだと思います。
良い歌や、著名な歌人ばかりから選んだのではないと言うこと。
そして、同じ様な語句が複数の歌に登場していること。
それがために、かるたとして面白い素材になったのでしょう。

そのかるた遊びのために一層、
小倉百人一首が日本人のお遊びのひとつとして
永く広く伝えられ、育てられたのだろうと、私は思っています。




『百人一首』 は後世の人が付けた名で
『小倉山荘色紙和歌』 がオリジナル呼称です。

藤原定家が、ある意図のもとに集めた歌を、
おおむね歌人の年代順に おおまかに 歌番号を付番したもです。

下の図は、百歌人の おおまかな 生没年図 です。図をクリックすると標準サイズ表示されます。

各時代に何人いるか、おおまかに時代区分けしてみると次のようになります。
飛鳥時代は、天智天皇、持統天皇、柿本人麻呂、の3人
奈良時代は、山部赤人、猿丸太夫、大伴家持、阿倍仲麻呂、の4人
平安時代は、
前期が、喜撰法師から参議等まで、の32人
中期が、平兼盛から相模まで、の26人。&三条院から大納言公任まで、の4人。計30人
後期が、大僧正行尊・周防内侍、&、祐子内親王家紀伊から二条院讃岐まで、の21人。計23人
鎌倉時代は、鎌倉右大臣から順徳院まで、の8人

その意図を定家は、『百人秀歌』(※)に次のように書き留めてます
※…昭和26年(1951年) 宮内庁書陵部で発見される

「名誉の人 秀逸の人 皆これを漏らす
 用捨は心にあり 自他の傍観あるべからざるか」


現代語訳は、こうなります。
「有名な歌人や良い歌を選んだわけではありません。
 私の気分で選びましたので、余りゴタゴタ言わないで頂戴ネ〜」

これで一気に、百人一首の謎解きブームが始まったと言われます。
ただ、昭和26年という時期は、今のように情報が一気に伝わる状況ではありませんでした。
ですので、
「ごく一部の人々が謎解きに夢中になり、
 そのそれぞれの人々がそれぞれなりに懸命に解読をした」
と言った状況だったようです。

posted by 百人一首散策人 at 00:00 | Comment(3) | TrackBack(0) | 小倉百人一首は 歌織物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

百人一首は歌織物

10年程前私が、百人一首に興味を持つ切っ掛けになったのは、
「有明の月」という言葉でした。
百人一首から月観察

「有明の月」ってナンなの?
から始まり、
「月」が多いなぁ
「秋」が多いなぁ 〜
「紅葉」が
「花」が〜
あぁ〜これとこれとこれは、混同するなぁ〜 

とかなんとか、百人一首(定家のワナ)にひっかかりました〜。


それで今まで、同じ語句や、同じグループでまとめる
というお遊びをしていたのですが
同じ語句のある歌など
先日、林直道さんのお話を聴いて
自分自身のこの動機がどこから来ているのか
モヤモヤが晴れた思いです。


これからは、
YouTubeとのマッチング遊び
YouTubeでマッチング遊び
と併せて
百人一首を10×10のジグソーパズルだとして
4×4単位で、分析遊びすることに致します。

そうすると、9回それを繰り返すと
百人一首の謎解きが完了することになりますので。

定家がこの撰歌をしたのが、1235年。
今年は『源氏物語』の千年記ですが、
2035年は、『百人一首』の800年記。

あと、27年。
その頃には、『百人一首は歌織物』という説が常識化しているのでしょうか〜…。

百人一首が10×10で示している歌織物の例:



posted by 百人一首散策人 at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 小倉百人一首は 歌織物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

百人一首の配置図

「小倉百人一首は、定家が自分の思いをこめて配置した 歌織物 である」
これは、先日私が奈良で聴いた林直道さんの説です。
関連記事 ⇒ 百人一首講習会に参加してきました

この説に私はとても感動し、私なりに検証していくことにしました。
まずは、その配置図を示します。
下の図の中の番号は、歌番号です。クリックで図のみの表示に換わります。




上の配置図は、
先日参加したミニ講習会で林さんから配布されたコピー資料
をもとに歌番号でマス目を埋めたモノです。
林さん自身の著書『百人一首の秘密』と
1. 左肩の式子内親王
2. 右肩の順徳院  
が少しだけ、配置が変わっています。 (注)
ですが、この著書は1981年に著したものですので、
先日頂いた資料の配置図がより一層綺麗だと私は感動しています。

(注) 「変わっている」と言っても、次の2点だけです。
1. 89番と48番が入れ変わっている。
2. 100番と96番が入れ変わっている。

(追記) 
『百人一首の秘密』の続編、『百人一首の世界』では、
式子内親王&順徳院の歌はそれぞれ、左上角&右上角に配置されてました。  <(_ _)>
(続編『百人一首の世界』では、上に示した図の配置になっています)


林直道さん & 林直道さんの百人一首本 :

■ ”歌織物”説をとなえている 林 直道 氏 略歴
1923年、大阪市に生まれる。
1946年、大阪商科大学を卒業。
大阪市立大学教授をへて 現在、
大阪市立大学名誉教授、関西勤労者教育協会副会長、経済学博士。

■百人一首の秘密
百人一首は、縦10首・横10首の方形のわくのなかに、
百首をある特殊な順序で配列することによって、
上下左右に隣り合うすべての歌どうしが
なんらかの共通語=合せ言葉によって全部ぴったり結ばれあうという、
まことに奇抜な構造をもっている。

歌織物=「言葉合せのジグソー・パズル」を解読し、
なぜ定家がかくまで辛苦を払って至難の歌織物をつくったのか、
定家をそこまで駈り立てた動機はなんだったのか、
定家の心情、内面の問題についても解明。81年刊の新装版。

■百人一首の世界
「百人一首は「歌織物」である」という仮説をもとに、
定家が百首歌の編纂にあたって
「用捨は心にあり」と書いたその「こころ」を探る。
「百人一首の秘密」の続編。86年刊の新装版。



定家と、定家自身が思い入れのある3人を四隅に置き、
全歌を、同じ語句や読み(発音)、同じ様な意味合い、同じ様な雰囲気などで
縦と横に数珠繋ぎにしたものだという説です。
これはとても面白いです。
そして、
「歌織物であって、その織物の示す図柄は、ある特定の場所を示している」
という林直道さんの結論が非常に美しいんです。


定家がこの撰歌をしたのが、1235年。
今年は『源氏物語』の千年記ですが、
2035年は、『百人一首』の800年記。

あと、27年。
その頃には、『百人一首は歌織物』という説が常識化しているのでしょうか〜…。

百人一首が10×10で示している歌織物の例:

posted by 百人一首散策人 at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 小倉百人一首は 歌織物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。