反日嫌日侮日の歴史マニア

 反日嫌日侮日の歴史マニアはなにも、中国人や韓半島人だけではないです。純粋日本人の中にもこういう人はいます。いわゆるやっかいな日本人です。その人が戦後世代や平成生まれの人ならば、その人は次のような人とも言えます。つまり、もともと歴史に疎くて、物事は多面的に見ないことには真実に近づけない、という意識も(=情報に対する免疫力も・リテラシー能力も) 持ってない人。
 そう言う人は、すぐに相手に完璧に感化されてしまいます。新興宗教にたやすくはまる未熟な若者と同じです。韓流ブームにはまりこんでしまう人なども、こういう傾向の人が多いでしょう。物事の認識に対する免疫力・判断力・リテラシー能力 が未熟なんです。
 先の戦争での大敗後、昭和20年代(1940年代後半)に戦勝国達(具体的にはGHQ)によって強烈に植え付けられた自虐史観は、当初は一部に反感もあったのでしょうが、実際の所は、戦争へのうんざり感リテラシー力の未熟さという日本民族の本来的特性(純粋さ・戦略性の希薄さ) がガッチリ結びついて、より強固なものとなった、と私は判断しています。



 日本の歴史観に対して、聞き手の無知のゆえに、驚くようなことを言う相手には、「その歴史観はあなたのイメージに過ぎないでしょう。あなたがそう言う認識に至るまでにどれほどの労力を払ってきたのか私は知りませんが、物事は、とりわけ歴史的な事柄は、多面的に見つめても、断定的に言えないような対象なのですから」 と言えばよい(思えばよい)のですが、そう思えない(言えない)、気のやさしい純粋な人が( ← 日本って母性的社会ですから、男女を問わず、こういう人が結構多い)、たやすくかかっちゃうんですね。情緒的な訴えに弱い人とも言えます。 私は次のように断言します。
「自分の無知」は決して、「相手の認識・言い分をウノミにしないといけない罪」ではない。
むしろ、無知そのものよりも、相手の言い分を何も考えずウノミにする事自体が、大きな罪である。
中国や韓国のような歪んだ国家でない限り、歴史を語る際に、極力、感情や情緒を排除しなければならない。
そして、資料のねつ造などせず、一次資料のみを基にして、
その資料が示す事実(情報)を、単に事実(情報)として、感情や情緒を挟まず歴史を語るべきです。

中国や韓国に、それを求めても無理なのです。国家体制がひずんでますから、事実よりも己達の気位を満足させる物語に価値を置く「彼らの民族性(日本からすれば実に下らない中華思想)」がより一層狂った方向に向かってますので。日本に援助を求めるくせに、反日嫌日侮日教育をしているって、日本の感覚からすればまともな精神構造ではありません。彼らのキチガイ振りを見るに付け、「いつまで、半世紀以上の前のことに拘る振りをし続けるつもりですか。それなりの面構えの国家に、日本のお陰もあって成長した分際で」 と言いたくも成る。私にすれば、彼の国々は、国自身で「対日的キチガイを養成している国」としか思いようがない。





 相手のしたたかさなどみじんも意識せず、ただ相手の言う事を丸呑みして「かわいそう!お気の毒に!」とかいう類の下らない情緒におぼれて・・・、自虐史観に完璧に染まっちゃうんです。それで最悪の場合、こういう人は一生懸命、自虐史観の逆布教に邁進し始めます。それが正義だとこざかしく思い込んじゃいますから。難儀の極みです。こういう純粋無垢な人。こういう人にはぜひいつか、物事の認識は多面的に眺めないことには、その認識の中立的価値・真実的価値は薄い、と言うことに気付いて欲しいものです。
 何を好きこのんで、 「 私の爺ちゃん婆ちゃんは、気が狂った殺人鬼でした。子や孫達よ、この事を子々孫々まで伝え継ぎなさい 」 っていう態度をとれるのか、私にはそう言う態度をとっているご本人自体の頭が狂ってるとしか思いようがない。歴史とは決して、そんな愚かな伝承を勧めるジャンル、ではありません。他人が(他国が)、日本を責めるのは勝手です。しかし、何も好きこのんで自国の日本を過度に責める必要などさらさら無いのです。勿論、適度な反省は常に必要です。しかし、とりわけ、冷静にそして出来る限り中立的に背景事情を知ろうともせず、ただ社会的な雰囲気に流されて感情的情緒的判断で終始するなんて愚の極みです。

 ただし、現実社会は、純粋に思想信条のみを静かに抱き持っている人々よりも、それが利権に結びついた人々で動かされています。ですから、その人の思想信条がいったん利権に結びつくと、人は他人が何を言っても表向きの思想信条を変えません。人は利権に結びついたときの方がパワー出します。もっと言うと、利権に結びついてこそ、人はパワー発揮すると言って良いでしょう。日本という国の現状を見てみると、日本は、先の戦争での大敗後、昭和20年代(1940年代後半)に戦勝国達(具体的にはGHQ)によって強烈に植え付けられた自虐史観で、己達の利権をガッチリ固めてしまっている純粋日本人が沢山いる国だと言う事です。



 歴史観なんて日本自身でいくらでも変えることが出来るのに、利権が結びついているから変えようとしないわけです。なにも、先の戦争にかこつけた恨み辛みだとして、中国や韓国及び、在日の方々の一部の過激な人々や、中華系の方々の一部の過激な人々のみが、日本の文化や伝統や価値を汚しおとしめようとしている、というわけではありません。日本の政治家をじっくり冷静に見つめれば分かります。与野党問わず。

 ですから、当然、一見反日嫌日侮日でばく進している様に見える中国韓国陣営の人々も、突き詰めれば彼らの恨み辛みではなく、彼らの利権体制がそうさせているのです。残念ながら、日本の政治家もその利権体制に荷担しているから、いつまでもいつまでも反日嫌日侮日が延々と続くのです。

 でなければ、こんな下らない政治を恥ずかしげもなく延々と続けられるものではありません。猿芝居をして居るにほぼ等しいです。それで充分、彼ら自身には、生活に何の支障もないないお金が入ってくるので。日本の今の政治家こそが、今の日本の恥部の核心そのものです。なぜ彼らは、自分たち(政治家自身・行政官&政治行政機構)を削ろうともせず、国民にだけ身を削ることを求めるのか。己達の不手際で国の財政を不健全の極みにおとしめたにも関わらず。

 歴史認識に疎い国民をたくさん輩出するというのも日本自身の暗黙の政策と言えなくもない。中国や韓国を見て分かるように、国民を歴史教育に熱心にならそうと思えばいくらでも出来るのに。勿論、中国や韓国は国の体制が歪んでいます。でも反日嫌日侮日教育の熱心さはある意味ご立派です。ただし、日中間とも、まともな歴史教育などしてないのは断言できます。サド的狂育の中国韓国・マゾ的狂育日本、ですから。日本は歴史認識に関して、知らしむべからず寄らしむべし、知らなくて言い、ただひたすら近隣諸国に頭を下げていればいい、との方針をとっているかのようです。それで、日本という国はどうなるかは知らないけれど、少なくとも自分達には金が入ってくると言う政治家が沢山いるのでしょう。一体彼らに自国日本に対する愛国心というものがあるのだろうか。大衆は、郷土愛だけでよくても、政治家は、パトリオチズム(郷土愛)とナショナリズム(自国愛=自国の権利の主張力)両方持つべきなのに。



  
posted by 百人一首散策人 at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日本の歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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