韓国  反日教育の一つの結果





歴史観は、ほとんど個人の好み(感情的情緒的価値基準)と同じだと思っても差し支えないと私は思うに至ったのです。要は、国家がいかに「善良なる戦略的国策」として、歴史を扱うか国民に教えるか。そして、国民がそれをどう咀嚼するかです。

国家に普遍的な善良さのかけらもなく、ただただ相手国を陥れることにのみに専念し、自国民に或る特定の他国に対する強烈な憎しみと敵意を抱かせ、意識をその一点にのみ集中させ、「自国の歴史の真の姿への関心や・自国の現体制への批判意識」を薄めさそうとの意図を持てば、自国の民をその方針の下に洗脳する事なんて、国家にとって、いともたやすいことです。ただし、その国家が非民主的な、今の日本的価値観からすると、未熟な国家で有ることが条件です。でないと、そんな馬鹿げた下らないことが、出来るわけがないのですから。しかし、他国、とりわけ隣国のそれなりに発展した国を、病的に貶(けな)しに貶し、責めて責めて責め尽くすような歴史認識をその国民に植え付ける事が、長期的に見て、その国にとって本当の意味での得策なのかどうかは大いなる疑問です。と言うのは、そんな愚かな事をし続ければ、辿り着くのは「戦争」でしかないのですから。現にその昔、日本は「鬼畜米英」(きちくべいえい)と言って、先の大戦に突っ込んでいきましたから。現在においては、もう先の大戦(大東亜戦争or太平洋戦争)のような戦争は起こらないでしょうが、それでも平和友好・相互発展の芽をあえてむしり取っているようなものです。素直に得られる協力も、自ら進んで得られにくくしているのですから。愚かな国策です。言うまでもないですが、中国・韓国の日本に対する態度です。たまたま、 ”今の日本の” 政治家や行政官(官僚)達が、馬鹿(=いくじ無しの腰抜け)だから、それなりの援助は得られ続けていますが・・・。

中国や韓国が反日や嫌日で暴走するのは、まさしく彼らが、日本を、つまり、日本の政治家や行政官を、「いくじ無しの腰抜け」だと舐めきっているからです。「自国民をなだめるからお金をくれ」、あるいは、「お金を渡すから、アンタ所の騒ぎを静めさせてくれ」、などという関係がある可能性は高い、と勘ぐりたくもなるほどに、日本にとって馬鹿馬鹿しい状況が毎度毎度繰り返される。

個人が中立的で学究的な関心を持たない限り、国民は義務教育期間で教わったおぼろげな印象を真実だと思い込むものです。よく散見する次の言葉があります → 「学校でそう教わった!」。私は、こういう言葉を発する事が出来る人の単純さに、呆れるのですが、大衆の大多数はそう言うものです。私だって、たまたま百人一首を介して歴史に関心を持つようになったけれども、そうでなかったら自虐史観に染まったまま、中国や韓国に謝り続けることが良いことだとばかり思い込んでいたでしょうから。中国や韓国の国家体質や民族性がどういうものなのか、一顧だにすることもなしに。彼の国々の体制もそこの人々も、日本や日本の人々と、そんなには大差のない同じような、社会であり価値判断をする人達の集まりなんだろうと、ただなんとなく漠然と思いながら・・・。

これはなにも、中国や韓国が悪いと言っているのではありません。中国や韓国のほうが、少なくとも国家レベルにおいては、国際社会の上では大人である(ずるがしこい・したたかだ)と言っているのです。ただしこれは、彼の国々と日本での、民衆の価値基準レベルや精神的な健全さや豊かさレベルは度外視です。あくまで、国家としての、「したたかさ・大人振り」についての言及です。国際社会は一般社会以上に遙かにずるがしこさが氾濫している社会ですので。というのは国際社会には、「国という個人」のわがままの暴走を、制御や制止する機関が存在しないのですから。北朝鮮を見てればよく分かるじゃないですか。あんな感じのゴロツキが街をうろついていれば、一般社会では、普通誰かすぐに警察に通報し、警察が逮捕しに来るものです。つまり、国際社会では、したたか かつ ずるがしこくしないことには、損を被るばかりなのです。一般社会で見てみると、大人は全てが善良な人間ばかりではありません。それなりの年齢の人が、そう言う警戒心をほとんど持ってなかったがゆえに、犯罪や事件に軽率に巻き込まれた場合、世間ではひそかに、被害者にも責任があると思うものです。それが現実です。ましてや、国際社会ではなおさらです。

ずるがしこい。これを綺麗に表現すると、
「宣伝がじょうず。他者を己達の考えに同調させることがうまい」 と言うことです。
日本もへたなわけではありませんが、10年20年スパンの短期戦では日本は勝てません。
私の思うに、日本が滅びなければ、日本の価値観や判断基準は世界のより多くの国から認められる事でしょう。ですが、やれ強制連行だ、従軍慰安婦だ、南京大虐殺だ、やれ人権侵害だなどなど、訴えている側は、己達の祖国の事情などそっちのけで、手段を選ばず、世界相手に日本を責めて責めて責めまくるのを、強烈な基本戦略としているのですから。


自虐史観  大人になれない日本 
http://hyakuninnissyu.seesaa.net/article/155664287.html より
posted by 百人一首散策人 at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日本の歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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