崔基鎬  日韓併合

■ 『日韓併合』  著 崔基鎬 チェ・ケイホ
 韓国の歴史家が、祖国のために、あえて問う、
「いまこそ、歴史の真実に目を開け」。
 植民地統治時代に日本は朝鮮に何をし、その結果はどうなったかを冷静に見直す作業を、韓国はいままでしてこなかった。
 李氏朝鮮(1392〜1910)の統治下にあった518年間、朝鮮は両班(ヤンバン)という支配階級が、国民の大多数を占める農民から搾取をほしいままにし、民衆は塗炭(とたん)の苦しみを味わっていた。自力での近代化もできず、近代化からも大きく立ち遅れ、国家の体(てい)をまるで成していなかった。
 そんな朝鮮を、日本以外の誰が救えただろうか。
 日本は国民の血税から巨額の資金を投入し、朝鮮を再興した。その結果、朝鮮半島の生活は飛躍的に向上し、人口は倍増した。その恩恵は、今日まで続いている。その事実に、韓国はいまこそ目を向けるべきである。事実を無視し、被害者意識に凝り固まる韓国に、将来はあるだろうか。


■李氏朝鮮(りしちょうせん)  wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%8E%E6%B0%8F%E6%9C%9D%E9%AE%AE
朝鮮半島の最後の王朝(1392〜1910)。 この期間は、日本では「室町時代から大正時代」の期間。
李朝(りちょう)とも言う(李王朝の意)。 高麗の次の王朝。

1392年 高麗の武将 李成桂 太祖が恭譲王を廃して、自ら高麗王に即位したことで成立した。
1393年 李成桂は中国の明から「権知朝鮮国事」に封ぜられ、国号を朝鮮と改める。
1401年 太宗の治世時、明から正式に朝鮮国王として冊封を受けた。

1894年 に始まった日清戦争で日本が勝利したことにより、
       日本と清国との間で結ばれた 『下関条約』 は
       朝鮮に清王朝を中心とした冊封体制からの離脱と独立をもたらした。
1897年 この独立により朝鮮は
       国号を大韓帝国(だいかんていこく、通称・韓国) と改めたが、
       これ以後日本の強い影響下に置かれることとなり、
       韓国の主権は次第に日本に移されてゆく。
1910年 8月。『韓国併合ニ関スル条約』 調印によって日本に併合され、李氏朝鮮は消滅した。


■崔基鎬 (チェ・ケイホ、1923年-)韓国人の大学教授。

■経歴
明知大学助教授、中央大学、東国大学経営大学院教授を経て、現在、加耶大学客員教授。

■人物
日本統治時代に生まれ日本語に堪能で親日家である。韓国では親日発言は袋叩きにされるために公では発言をしていない。日本文化チャンネル桜内では朝鮮民族の性質を明言している。親日派という言葉をつかって政敵を糾弾する動きを批判している。

■主張
・日韓併合で搾取されたのは日本。
・韓国、朝鮮の本当の敵は中国である。
・李氏朝鮮は隷属国家であり、北朝鮮は日本時代の遺産をすべて壊し、李氏朝鮮の時代に戻っている。
・日本はもう謝罪する必要はない。
・日本は明治時代の武士道を覚醒させ、しっかりと韓国と手を組んで中国と対処してほしい。


崔基鎬 チェケイホ 教授 のお話し 1/3


崔基鎬 チェケイホ 教授 のお話し 2/3


崔基鎬 チェケイホ 教授 のお話し 3/3


posted by 百人一首散策人 at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日本の歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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