歌人と時代背景5 平安後期

平安時代後期(1060年頃〜1192年)の歌は、66.大僧正行尊 〜 92.二条院讃岐 の 24首。
(68.三条院、69.能因法師、70.良暹法師 は平安中期の人としました。)

      

66 もろともにあはれとも思へ山桜 花よりほかに知る人もなし      大僧正行尊
67 春の夜の夢ばかりなる手枕に かひなく立たむ名こそ惜しけれ     周防内侍
  (68.三条院、69.能因法師、70.良暹法師 は平安中期へ )
71 夕されば門田の稲葉おとづれて 蘆のまろ屋に秋風ぞ吹く       大納言経信
72 音に聞く高師の浜のあだ波は かけじや袖の濡れもこそすれ   祐子内親王家紀伊
73 高砂の尾上の桜咲きにけり 外山の霞立たずもあらなむ       前中納言匡房
74 憂かりける人をはつせの山おろしよ はげしかれとは祈らぬものを   源俊頼朝臣
75 契りおきしさせもが露を命にて あはれ今年の秋もいぬめり      藤原基俊
76 わたの原漕ぎ出でて見ればひさかたの 雲居にまがふ沖つ白波     (歌人1)
77 瀬をはやみ岩にせかるる滝川の われても末にあはむとぞ思ふ     崇徳院
78 淡路島かよふ千鳥のなく声に 幾夜寝ざめぬ須磨の関守        源兼昌
79 秋風にたなびく雲の絶えまより もれ出づる月の影のさやけさ    左京大夫顕輔
80 長からむ心も知らず黒髪の みだれて今朝はものをこそ思へ     待賢門院堀河 
81 ほととぎす鳴きつる方をながむれば ただ有明の月ぞ残れる    後徳大寺左大臣
82 思ひわびさても命はあるものを 憂きにたへぬは涙なりけり      道因法師
83 世の中よ道こそなけれ思ひ入る 山の奥にも鹿ぞ鳴くなる    皇太后宮大夫俊成
84 ながらへばまたこのごろやしのばれむ 憂しと見し世ぞいまは恋しき 藤原清輔朝臣
85 夜もすがらもの思ふころは明けやらで 閨のひまさへつれなかりけり  俊恵法師
86 なげけとて月やはものを思はするかこち顔なるわが涙かな       西行法師
87 むらさめの露もまだひぬまきの葉に 霧たちのぼる秋の夕ぐれ     寂蓮法師
88 難波江の芦のかりねのひとよゆゑ みをつくしてや恋ひわたるべき  皇嘉門院別当
89 玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば 忍ることの弱りもぞする     式子内親王
90 見せばやな雄島のあまの袖だにも 濡れにぞ濡れし色はかはらず   殷富門院大輔 
91 きりぎりすなくや霜夜のさむしろに 衣かたしき独りかも寝む     (歌人2)
92 わが袖は潮干に見えぬ沖の石の 人こそ知らね乾くまもなし      二条院讃岐
(歌人1) ・・・ 法性寺入道前関白太政大臣
(歌人2) ・・・ 後京極摂政前太政大臣


平安時代後期を概観してみます。平安時代後期は年代では、1060年頃〜1192年。
この期間の天皇はおおむね、71代後三条天皇〜81代安徳天皇です。

●平安時代後期の天皇 在位期間と系図
  


●時代概要(平安時代後期。1060頃〜1192年)   
平安中期の末期から東北地方で戦乱が続く。
前九年の役(1054〜1062・覇者=清原) & 後三年の役(1083〜1087・覇者=奥州藤原)。
この戦乱後、奥州藤原氏は 4代 100年に渡って() 繁栄を極め、
奥州藤原氏が拠点とした平泉は平安京に次ぐ都市となり、戦乱の続く京を尻目に発展した。(平泉文化)
中尊寺(天台宗東北大本山・岩手県西磐井郡平泉町)は
奥州藤原氏の初代清衡(きよひら)が
従来よりあった寺院に大規模整備を施した寺院。
 「4代 100年に渡って」
平安末期、源頼朝が「弟の義経に絡めて」など難癖をつけ倒したため。 奥州合戦(1189年)

京では、72代白河・74代鳥羽・77代後白河 各天皇が退位後、上皇となり院政が続く。これが、
朝廷を軸にした争い(保元の乱&平治の乱)も産む。ここで平氏が要領よく朝廷と結びつく。
結果、平安末期は「平氏にあらずんば人に在らず」の時期ともなる。
しかし、「奢れる者、久しからず」。栄華を極めた平清盛は病没し(1181年)
その妻 時子は壇ノ浦で7才の孫81代安徳天皇を抱いて海に沈む(1185年)。


●天皇とその周辺
75代崇徳天皇は退位後、皇位&崇徳さんにとっての院政の座 を巡った揉め事「保元の乱」に敗れます。その結果、崇徳さんは讃岐に流されます。崇徳さんにまつわる話を読むと、崇徳さんって、一応の崇徳さんの父とされる先代の74代鳥羽さん達の気ままな采配に翻弄された、「無念の帝」のように思えてきます。右のような浮世絵を見ると、余計にそう言うイメージが膨らみます。そのうえで、崇徳さんの77番歌「瀬をはやみ・・・」を味わうと、この歌の一般的解釈とはまた違った解釈がわいてきます。

式子内親王は、どちらかの片思いなのか相思相愛なのか、定家との色っぽい関係が伝えられる内親王です。この手の話題に触れるとき、お二人の生没年を頭の片隅に置いておくとより楽しめると思います。
       生年   没年  生没年差
式子内親王 1149 1201  52   77代後白河天皇の第3皇女
藤原定家  1162 1241  79   内親王より13下。39の時、内親王没。

定家が40才頃の時、内親王は50代前半で他界。その後定家は40年ほど存命。
1192年を区切りとすると、式子内親王は平安後期の人、定家は鎌倉前期の人、とも言える。
内親王と定家と法然
定家にとって内親王は単なる主人ではなく、強く意識されるあこがれの年上女性?

平安時代後期には皇位の争いごとに武家も大きく絡んできます。平安時代後期は、天皇家の院政と巧みに結びついた平氏(武家)が、「我が世の春」を謳歌した時期です。次の表現が平安後期を象徴しています。「平氏にあらずんば人にあらず」。

平安時代後期を象徴するのに、天皇を退いたあとの上皇による院政もあります。院政の象徴的な人物の一人が、式子内親王の父でもある77代後白河さん。この77代後白河さんに巧みに取り入って権力を振るったのが平清盛。ところが、「おごれるもの久しからず」。源平合戦とも言われる「治承寿永の乱」で平氏は滅びます。平氏の滅亡を象徴する場所が、山口県下関の壇ノ浦。ここで「壇ノ浦の戦い」が行われます。そして、平清盛の妻 時子に抱かれた、時子自身の孫である、僅か7才の81代安徳天皇が、時子と共に壇ノ浦の海に沈みます。
 

●「院号」について
女院の尊称。66代一条天皇の母后(皇太后藤原詮子)が「東三条院」の院号を受けたことが始まり。
これ以降、朝廷では皇后や皇太后、太皇太后などの三后にも、院号を贈ることが慣習化した。
「東三条院」以降、「上東門院」(藤原彰子 )をはじめとした「門院号」を贈ることが通例化された。
女院の院号を定める公卿の評定を「院号定め」、院号を授けることを「院号宣下」という。
 
道長の長女。「66代一条天皇の中宮」。
68代後一条天皇、69代後朱雀天皇の実母。
百人一首歌人では、56番歌人から61番歌人まで、
56.和泉式部・57.紫式部・58.大弐三位・59.赤染衛門・60.小式部内侍・61.伊勢大輔
が彰子の女官として仕えた歌人である。

「院号」の第一号&二号は、藤原道長の姉(詮子)と長女(彰子)。
このようなことからも、この当時の藤原勢の勢いがよく分かる。

この時期の院号などの付いた女性五歌人、
72.祐子内親王家紀伊、 80.待賢門院堀河、
88.皇嘉門院別当、   90.殷富門院大輔、 92.二条院讃岐 
に絡めて。
祐子内親王
  69代後朱雀天皇の皇女。
  歌合を盛んに催すなど一大サロンを形成。
  祐子内親王家紀伊や菅原孝標女(※)などが仕えた。
待賢門院
  藤原璋子(しょうし)の院号。  (66代一条天皇の中宮[道長の長女]は彰子。 読み同じ、字は違う)
  74代鳥羽天皇の中宮。75代崇徳天皇&77代後白河天皇の母。
皇嘉門院
  藤原聖子(きよこ)の院号
  75代崇徳天皇の中宮。76代近衞天皇の養母。
殷富門院
  亮子内親王(りょうしないしんのう)の院号。
  77代後白河天皇の第1皇女。   (89.式子内親王は後白河天皇の第3皇女)
二条院
  92.二条院讃岐の「二条院」は、二条天皇(二条院)をさす様子。
  讃岐は、二条天皇に仕え、天皇が崩御した後に結婚し母となる。
  その後、後鳥羽天皇の中宮任子(宜秋門院)に再出仕。この後は出家。
  隠棲後も後鳥羽上皇、順徳上皇の歌壇に迎えられ、
  「正治二年初度百首」「千五百番歌合」に詠歌が採られている。

(※)
菅原孝標女(すがはらたかすえのむすめ)
『更級日記』の著者。菅原道真の5代下。53.右大将道綱母は、叔母に当たる。



小倉百人一首の時代範囲は、西暦660年ごろ〜1240年ごろ。


・古代 飛鳥後期(約 50年)、
・古代 奈良時代(約 80年)、
・古代 平安前期(約130年)、
    平安中期(約130年)、
    平安後期(約130年)、
・中世 鎌倉前期(約 50年)。


小倉百人一首は、
古代から中世初期にわたる
約600年間を凝縮した歌集
とも言えます。

1. 百歌人の生没年分布             2. 天皇一覧(飛鳥〜鎌倉)  3. 紀元〜現在 焼付けイラスト
        
posted by 百人一首散策人 at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 小倉百人一首の 時代・歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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