歌人と時代背景2 奈良時代

奈良時代(710年〜794年)の歌は、
4.山部赤人、 5.猿丸太夫、 6.中納言家持、 7.阿倍仲麻呂、 の4首です。

         

04 田子の浦にうち出でてみれば白妙の 富士の高嶺に雪は降りつつ    山部赤人
05 奥山に紅葉ふみわけ鳴く鹿の 声きくときぞ秋はかなしき       猿丸太夫
06 かささぎのわたせる橋におく霜の しろきを見れば夜ぞふけにける   中納言家持
07 天の原ふりさけ見れば春日なる 三笠の山に出でし月かも       阿倍仲麻呂


奈良時代を概観してみます。奈良時代は年代では、710年頃〜794年。
この期間の天皇はおおむね、43代元明天皇〜49代光仁天皇です。 

●奈良時代の天皇 在位期間と系図
  
●時代概要(奈良時代。710〜794) 
仏教によって社会の安定を図ろうとする(鎮護国家)。
45代聖武天皇、奈良の大仏を建立(752)。

飛鳥時代に続いて、大陸の先進文化を習うため遣唐使が続けられる。
また、国内の僧侶界の乱れを収めるため、授戒可能な高僧を唐に求める。
結果、10年の探し求め期間の後、高僧鑑真に出会い、さらにその後10年かけて鑑真の招致を果たす。
この時代の文化は唐風色濃い文化(大陸に習った文化)で、当時の元号から天平文化とも言われる。

「国の生い立ち」、「君主の明示と価値付け」、「国のたしなみ」、などの文書化につとめる。
「古事記」太安万侶「日本書紀」舎人親王、「天皇家の系譜」淡海三船、「万葉集」大伴家持、
など各ジャンルの日本最古文書は奈良時代に書き留められた。
神話社会・伝承社会からの脱皮を図る。

この時期に日本は、「国の生い立ち」、「君主の明示と価値付け」、「国のたしなみ」、などの文書化をしなければいけない、あるいはしておきたいという気運になったのでしょう。「日本」という国名は遣唐使の時期頃から、「天皇」と言う呼称は40代天武天皇期頃から使われ始めたと言われています。飛鳥時代に「国名」「君主の呼称」が明確化して、それを受けての各種の文書の整理編纂。日本という国にとってこの時期がそういう時期だったのでしょう。

「日本最古の文書」と言われてる文書群と、編纂担当者であるなどその文書を代表する人物。
・「古事記」 太安万侶(おおのやすまろ)
・「日本書紀」 舎人親王(とねりしんのう)
・「天皇家の系譜」 淡海三船(おうみのみふね)
・「万葉集」 大伴家持(百人一首6番歌歌人)
代表する人物はすべて奈良時代の人。


●天皇とその周辺
奈良時代を象徴するのは、奈良の大仏を建立した45代聖武天皇。
聖武天皇は、天武天皇が天智系から皇位を勝ち取った「壬申の乱」以降から続く、天武系の天皇。
聖武天皇の娘、46代孝謙天皇は重祚(ちょうそ)で48代称徳天皇となっている。
46代孝謙天皇(=48代称徳天皇)は41代持統天皇とは異なり、
父・45代聖武天皇の跡を継いだ女帝、とイメージできる。(生涯独身)
奈良時代は天武系の時代と言える。ただし、49代光仁天皇で天智系に移り、以降天武系は絶える。
百人一首歌人の中には奈良時代の天皇はいない。


●万葉集について
万葉歌人など万葉集の概要を記載
http://hyakuninnissyu.seesaa.net//article/150768991.html#manyou

●平城京を考える
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-171.html
上サイトの興味深いところ一部抜粋(以下)。
ところで、平城京遷都1300年と聞けば、平安京遷都(794年)までは、ここが安定した都といったイメージを持ちがちだが、さにあらず。むしろ、遷都あるいは副都(1)の存在によって、上図のような、浪費的で神経質な文字通り<迷走の時代>を迎えることとなり、平城京は不安定な都であった、あるいは平安京との比較では将来の発展の芽を摘まれた都でもあったといえよう。・・・

1:遷都というか副都の設置というかは見解の分かれるところだろう。以下は引用
 「飛鳥 - 奈良時代には、首都機能を経済 ・交通の面で補完する第二首都とも言うべき副都(陪都)が設けられていた時期があった(複都制)。例としては、最初にこの制度を採用した天武天皇の難波宮を始め、淳仁天皇の「北京」保良宮(滋賀県大津市、761年 - 764年)、称徳天皇の「西京」由義宮(大阪府八尾市、769年 - 770年)が知られている。保良宮と由義宮は短命に終わったが、難波宮は長岡京遷都まで副都の地位を保ち続けた」。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E9%A6%96%E9%83%BD



小倉百人一首の時代範囲は、西暦660年ごろ〜1240年ごろ。


・古代 飛鳥後期(約 50年)、
・古代 奈良時代(約 80年)、
・古代 平安前期(約130年)、
    平安中期(約130年)、
    平安後期(約130年)、
・中世 鎌倉前期(約 50年)。


小倉百人一首は、
古代から中世初期にわたる
約600年間を凝縮した歌集
とも言えます。

1. 百歌人の生没年分布             2. 天皇一覧(飛鳥〜鎌倉)  3. 紀元〜現在 焼付けイラスト
        
posted by 百人一首散策人 at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 小倉百人一首の 時代・歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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