百人一首を覚える たきのおとは 55.大納言公任

■小倉百人一首 55番歌                                        百首一覧

滝の音は絶えて久しくなりぬれど 名こそ流れてなほ聞えけれ   大納言公任

・かな表示
たきのおとは たえてひさしく なりぬれど なこそながれて なほきこえけれ
・読み
たきのおとは たえてひさしく なりぬれど なこそながれて なおきこえけれ
・歌人名
だいなごんきんとう


■意味
ここ大覚寺にあった滝の
水の音が聞こえなくなって 随分長い年月がたちました。
でも、その評判だけは
世の中に流れ伝わり 今も広く聞こえわたっていますよ。


■解説
嵯峨天皇(52代 在位 809〜823、年差 14 )の離宮があった京都大覚寺は
離宮当時 「滝の流れる池」(名古曽の滝) があった。
後にそこへ人々が集まって「古き滝」の題で詠んだ一首がこの歌。
「世に知れ渡る」ことを、「名」が滝の水のように「流れる」と表現している。
風流な集まりでは、一度聞いて みんなに洒落が分かる この様な歌が愛された。

この歌には 何かリズムのいい歌だなと 感じていたのだけれど、
第1句から第5句までの先頭が「た、た、な、な、な」と続いている為かも知れない。

私の、55番歌 「 マッチングYouTube 」 ⇒ デュークエイセス 「 女ひとり 」 。

歌詞  
歌詞の3番は、「55.公任の歌」の事。 作詞は永六輔さん。
永六輔さんは、『ちびまる子ちゃんの暗唱百人一首』で「はしがき」を書いておられます。


京都市右京区嵯峨大沢町 大覚寺  名古曽の滝 A




大納言公任(だいなごんきんとう、966〜1041、生没年差 75 )
 平安時代中期の人。_ 
 中期を 930〜1060年 の 130余年間として。 (平安時代は 794〜1192年 の 約400年間)_

藤原公任。 漢詩文・和歌・管弦の三才を兼ねた。
『和漢朗詠集』などの編者。

26.貞信公(藤原忠平) は 公任の曾祖父(3代上)。
64.権中納言定頼    は 公任の子。

公任の おじ・おば & 従兄弟 にあたる歌人は 百人一首歌人の中にはいないけれど、
25.貞信公(藤原忠平、公任のひぃおじいさん)でつながる百人一首歌人は多い。

25.貞信公を祖父とするのは、
45.謙徳公(藤原伊尹、これただ)
53.右大将道綱母(傍系。藤原兼家 夫人)
この二人は、「公任の祖父」の兄弟の 息子[45.] and 息子 夫人[53.] 。

25.貞信公を曾祖父とするのは、55.公任の他に
50.藤原義孝
51.藤原実方朝臣
52.藤原道信朝臣
54.儀同三司母 (傍系。藤原道隆 夫人)



■小倉百人一首が より一層 おもしろくなる ミニ知識

1.小倉百人一首の時代背景・歴史背景、 藤原家系&冷泉家について

2.小倉百人一首 百歌人の 氏・家 系統 分類、 血統つながり
 (概略:多い順並び)
01. 藤原   34人 (筆頭、18番 藤原敏行朝臣)
02. 源    13人 (筆頭、14番 川原左大臣)
03. 皇族   10人 (筆頭、01番 天智天皇)
04. 大江    6人 (筆頭、23番 大江千里)
05. 清原    3人 (筆頭、36番 清原深養父)

06. 小野    2人 (筆頭、09番 小野小町)
07. 良岑    2人 (筆頭、12番 僧正遍昭)
08. 在原    2人 (筆頭、16番 中納言行平)
09. 文屋    2人 (筆頭、22番 文屋康秀)
10. 壬生    2人 (筆頭、30番 壬生忠岑)
11. 紀     2人 (筆頭、33番 紀友則)
12. 平     2人 (筆頭、40番 平兼盛)
13. 大中臣   2人 (筆頭、49番 大中臣能宣)

14. その他  18人 (筆頭、03番 柿本人麻呂)


[その他]グループの歌人は、
「百人一首歌人の中には 同族系統の人 は居ない」 と思われる歌人です。
 
posted by 百人一首散策人 at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 百人一首を1日1首覚える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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