百人一首を覚える あけぬれば 52.藤原道信朝臣

■小倉百人一首 52番歌                                        百首一覧

明けぬれば暮るるものとは知りながら なほうらめしき朝ぼらけかな   藤原道信朝臣

・かな表示
あけぬれば くるるものとは しりながら なほうらめしき あさぼらけかな
・読み
あけぬれば くるるものとは しりながら なおうらめしき あさぼらけかな
・歌人名
ふじわらのみちのぶあそん


■意味
夜が明けると、
やがて日が暮れ またお逢いできると分かっていても、
やはり恨めしいのは 貴方と別れて帰らなければならない明け方ですねぇ。


■解説
「夜が明けかける頃」から「朝」までの呼び方
 &読まれている歌番号
暁(あかつき)  ⇒ 夜明け前の まだ暗い頃            (30番)
東雲(しののめ) ⇒ 暁から少し明け方に近づくが まだ明けやらぬ頃 (なし)
曙(あけぼの)  ⇒ 東雲から ようやく空が明るんできた頃     (なし)
朝ぼらけ    ⇒ 曙より さらに明るくなった頃         (31,52,64番)
朝       ⇒ 朝                      (80番)



藤原道信朝臣(ふじわらのみちのぶあそん、972〜994、生没年差 22 )
 平安時代中期の人。_ 
 中期を 930〜1060年 の 130余年間として。 (平安時代は 794〜1192年 の 約400年間)_

法住寺太政大臣 藤原為光の三男。母は摂政 藤原伊尹(=45.謙徳公)の娘。
伯父 藤原兼家(=53.道綱母の夫でもある)の養子となり元服。

と言うことは、為光と伊尹は兄弟なので、
道信は「為光と為光の姪」との間にできた子?
このあたりの血縁関係は入り組んでいますが、
そういう時代だったのでしょう。

藤原実方(=51番)・藤原公任(=55番)などと親しかった。
道信、実方、公任。この3人は、忠平(26.貞信公)の「ひ孫」です。
和歌の才能に恵まれ、容姿に優れた貴公子。
23才で早世。

忠平(26.貞信公)の「ひ孫」は百人一首歌人では他に
50.藤原義孝、54.儀同三司母(ただし、傍系)。
百人一首歌人ではないけれど、歴史的に有名なのは、
藤原道長、道隆、道綱 兄弟。


■小倉百人一首が より一層 おもしろくなる ミニ知識

1.小倉百人一首の時代背景・歴史背景、 藤原家系&冷泉家について

2.小倉百人一首 百歌人の 氏・家 系統 分類、 血統つながり
 (概略:多い順並び)
01. 藤原   34人 (筆頭、18番 藤原敏行朝臣)
02. 源    13人 (筆頭、14番 川原左大臣)
03. 皇族   10人 (筆頭、01番 天智天皇)
04. 大江    6人 (筆頭、23番 大江千里)
05. 清原    3人 (筆頭、36番 清原深養父)

06. 小野    2人 (筆頭、09番 小野小町)
07. 良岑    2人 (筆頭、12番 僧正遍昭)
08. 在原    2人 (筆頭、16番 中納言行平)
09. 文屋    2人 (筆頭、22番 文屋康秀)
10. 壬生    2人 (筆頭、30番 壬生忠岑)
11. 紀     2人 (筆頭、33番 紀友則)
12. 平     2人 (筆頭、40番 平兼盛)
13. 大中臣   2人 (筆頭、49番 大中臣能宣)

14. その他  18人 (筆頭、03番 柿本人麻呂)


[その他]グループの歌人は、
「百人一首歌人の中には 同族系統の人 は居ない」 と思われる歌人です。
 
posted by 百人一首散策人 at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 百人一首を1日1首覚える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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