百人一首を覚える こひすてふ 41.壬生忠見

■小倉百人一首 41番歌                                        百首一覧                                        百首一覧

恋すてふわが名はまだき立ちにけり 人知れずこそ思ひ初めしか   壬生忠見

・かな表示
こひすてふ  わがなはまだき たちにけり ひとしれずこそ おもひそめしか
・読み
こいすちょう わがなはまだき たちにけり ひとしれずこそ おもいそめしか
・歌人名
みぶのただみ


■意味
私が恋をしているという評判が、早くも立ってしまったよ〜。
人に知られないように、秘かにあの人を思い始めたというのに…。


■解説
てふ  … 〜と言う。
まだき … 早くも。

「40番 平兼盛の歌」と
「41番 壬生忠見の歌」は「天徳内裏歌合」の「忍ぶ恋」の題で歌合せされた歌。
40 忍ぶれど色にいでにけりわが恋は ものや思ふと人の問ふまで   平兼盛
41 恋すてふわが名はまだき立ちにけり 人しれずこそ思ひそめしか  壬生忠見

兼盛の歌が「勝ち」と評価された。

百人一首で、「てふ」(意味:と言う、読み:ちょ) が使われているのが、
02番 持統天皇、とこの 41番 壬生忠見の歌。
02 春すぎて夏来にけらし白妙の 衣ほすてふ天の香具山       持統天皇
41 恋すてふわが名はまだき立ちにけり 人しれずこそ思ひそめしか  壬生忠見



壬生忠見(みぶのただみ、10世紀半ば、生没年差 ? )
 平安時代中期の人。_ 
 中期を 930〜1060年 の 130余年間として。 (平安時代は 794〜1192年 の 約400年間)_

任生忠岑(30番)の子。

天徳内裏歌合で平兼盛に敗れたため
悶死したという『沙石集』所収の説話がある。
しかし、家集には年老いた自らの境遇を詠んだ歌もあり
悶死の信憑性には疑問が呈されている。

三十六歌仙のひとり。 (百人一首の歌番号順で20番目)

六歌仙 & 三十六歌仙 の整理  (図 クリックで、オリジナル資料 表示します)  

このブログ中の記事は ⇒ 百歌人 のなかの 六歌仙、三十六歌仙



■小倉百人一首が より一層 おもしろくなる ミニ知識

1.小倉百人一首の時代背景・歴史背景、 藤原家系&冷泉家について

2.小倉百人一首 百歌人の 氏・家 系統 分類、 血統つながり
 (概略:多い順並び)
01. 藤原   34人 (筆頭、18番 藤原敏行朝臣)
02. 源    13人 (筆頭、14番 川原左大臣)
03. 皇族   10人 (筆頭、01番 天智天皇)
04. 大江    6人 (筆頭、23番 大江千里)
05. 清原    3人 (筆頭、36番 清原深養父)

06. 小野    2人 (筆頭、09番 小野小町)
07. 良岑    2人 (筆頭、12番 僧正遍昭)
08. 在原    2人 (筆頭、16番 中納言行平)
09. 文屋    2人 (筆頭、22番 文屋康秀)
10. 壬生    2人 (筆頭、30番 壬生忠岑)
11. 紀     2人 (筆頭、33番 紀友則)
12. 平     2人 (筆頭、40番 平兼盛)
13. 大中臣   2人 (筆頭、49番 大中臣能宣)

14. その他  18人 (筆頭、03番 柿本人麻呂)


[その他]グループの歌人は、
「百人一首歌人の中には 同族系統の人 は居ない」 と思われる歌人です。
 
posted by 百人一首散策人 at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 百人一首を1日1首覚える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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