百人一首を覚える しのぶれど 40.平兼盛

■小倉百人一首 40番歌                                        百首一覧

しのぶれど色に出でにけりわが恋は 物や思ふと人の問ふまで   平兼盛

・かな表示
しのぶれど いろにいでにけり わがこひは ものやおもふと ひとのとふまで
・読み
しのぶれど いろにいでにけり わがこいは ものやおもうと ひとのとうまで
・歌人名
たいらのかねもり


■意味
誰にも知られないように 密かに思い続けていたのに、
顔色や表情に出てしまっていたんだなぁ、私のこの恋心。
恋をしてるんですかと、人に言われるほどにまでなっていたなんて。


■解説
ものや思ふ … 「もの思ふ」は 恋の物思いをする意味。
       「や」は疑問の係助詞。

「40番 平兼盛の歌」と
「41番 壬生忠見の歌」は「天徳内裏歌合」の「忍ぶ恋」の題で歌合せされた歌。
40 忍ぶれど色にいでにけりわが恋は ものや思ふと人の問ふまで   平兼盛
41 恋すてふわが名はまだき立ちにけり 人しれずこそ思ひそめしか  壬生忠見

兼盛の歌が「勝ち」と評価された。


平兼盛(たいらのかねもり、?〜991、生没年差 ? )
 平安時代中期の人。_ 
 中期を 930〜1060年 の 130余年間として。 (平安時代は 794〜1192年 の 約400年間)_

58代 光孝天皇(在位、884〜887。15番歌人) の 玄孫(やしゃご、4代下)。
『後撰集』の時代の代表的歌人。
『袋草紙』には赤染衛門の父とあるけれど真偽は不明。
(右の系図は 大江家の系図)

「赤染衛門(59番歌人)は兼盛の娘」説のもととなる逸話:
兼盛の妻が離婚した際に妊娠しており、
赤染時用と再婚した後に娘を出産したので、
兼盛が親権を主張して裁判で争ったが認められなかった。

高祖〜玄孫 の九親族:
高祖、曽祖、祖父、父、本人、子、孫、曽孫、玄孫。

三十六歌仙のひとり。 (百人一首の歌番号順で19番目)

六歌仙 & 三十六歌仙 の整理  (図 クリックで、オリジナル資料 表示します)  

このブログ中の記事は ⇒ 百歌人 のなかの 六歌仙、三十六歌仙



■小倉百人一首が より一層 おもしろくなる ミニ知識

1.小倉百人一首の時代背景・歴史背景、 藤原家系&冷泉家について

2.小倉百人一首 百歌人の 氏・家 系統 分類、 血統つながり
 (概略:多い順並び)
01. 藤原   34人 (筆頭、18番 藤原敏行朝臣)
02. 源    13人 (筆頭、14番 川原左大臣)
03. 皇族   10人 (筆頭、01番 天智天皇)
04. 大江    6人 (筆頭、23番 大江千里)
05. 清原    3人 (筆頭、36番 清原深養父)

06. 小野    2人 (筆頭、09番 小野小町)
07. 良岑    2人 (筆頭、12番 僧正遍昭)
08. 在原    2人 (筆頭、16番 中納言行平)
09. 文屋    2人 (筆頭、22番 文屋康秀)
10. 壬生    2人 (筆頭、30番 壬生忠岑)
11. 紀     2人 (筆頭、33番 紀友則)
12. 平     2人 (筆頭、40番 平兼盛)
13. 大中臣   2人 (筆頭、49番 大中臣能宣)

14. その他  18人 (筆頭、03番 柿本人麻呂)


[その他]グループの歌人は、
「百人一首歌人の中には 同族系統の人 は居ない」 と思われる歌人です。
 


posted by 百人一首散策人 at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 百人一首を1日1首覚える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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