百人一首を覚える なつのよは 36.清原深養父

■小倉百人一首 36番歌                                        百首一覧

夏の夜はまだ宵ながら明けぬるを 雲のいづこに月やどるらむ   清原深養父

・かな表示
なつのよは まだよひながら あけぬるを くものいづこに つきやどるらむ
・読み
なつのよは まだよいながら あけぬるを くものいずこに つきやどるらん
・歌人名
きよはらのふかやぶ


■意味
夏の夜はとても短く、
まだ宵の口だと思っていたら すぐに夜が明けてしまう。
これではいったい、雲のどのあたりに 月は宿をとっているのだろう。


■解説
夏の夜は短く、秋の夜は長い。
冬の夜は、秋よりさらに長いのですが、
秋の夜は、夏との対比で長く感じられたのでしょう。
電気のない昔、夜の月は時刻を知る時計でもあったんでしょうね。
今の私たちは、便利すぎて月というものに鈍感になってますが、
月が見えるなら、月の形と見える方向で大体の時刻が分かります。
昔の人は、月の見える夜なら、夜でもかなり正確に時刻を知っていたと思われます。
この歌は、
「宵だと思っていたのに、すぐに夜明けになった」と誇張を楽しんだ歌。
電気のない昔、夜の月の光・形は 人々の情緒を呼び起こしたことでしょう。


清原深養父(きよはらのふかやぶ、9世紀末〜10世紀前半、生没年差 ? )
 平安時代前&中期の人。_ 
 前期を 794〜930年 の 130余年間として。 (平安時代は 794〜1192年 の 約400年間)_

清原元輔(41番)の祖父。
清少納言(62番)の曾祖父。  清原深養父(36) → 清原顕忠 → 清原元輔(42) → 清少納言(62)
琴の名手だった。

清原氏系図 その1


清原氏系図 その2


その1 と その2 では、
清原氏の氏祖「清原有雄」が 天武天皇の 5代下 3代下 と異なっていますが、
清原氏が、天武天皇血統だと言う事は伺えます。



■小倉百人一首が より一層 おもしろくなる ミニ知識

1.小倉百人一首の時代背景・歴史背景、 藤原家系&冷泉家について

2.小倉百人一首 百歌人の 氏・家 系統 分類、 血統つながり
 (概略:多い順並び)
01. 藤原   34人 (筆頭、18番 藤原敏行朝臣)
02. 源    13人 (筆頭、14番 川原左大臣)
03. 皇族   10人 (筆頭、01番 天智天皇)
04. 大江    6人 (筆頭、23番 大江千里)
05. 清原    3人 (筆頭、36番 清原深養父)

06. 小野    2人 (筆頭、09番 小野小町)
07. 良岑    2人 (筆頭、12番 僧正遍昭)
08. 在原    2人 (筆頭、16番 中納言行平)
09. 文屋    2人 (筆頭、22番 文屋康秀)
10. 壬生    2人 (筆頭、30番 壬生忠岑)
11. 紀     2人 (筆頭、33番 紀友則)
12. 平     2人 (筆頭、40番 平兼盛)
13. 大中臣   2人 (筆頭、49番 大中臣能宣)

14. その他  18人 (筆頭、03番 柿本人麻呂)


[その他]グループの歌人は、
「百人一首歌人の中には 同族系統の人 は居ない」 と思われる歌人です。
 
posted by 百人一首散策人 at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 百人一首を1日1首覚える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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