百人一首を覚える みかのはら 27.中納言兼輔

■小倉百人一首 27番歌                                        百首一覧

みかの原わきて流るるいづみ川 いつみきとてか恋しかるらむ   中納言兼輔

・かな表示
みかのはら わきてながるる いづみがは いつみきとてか こひしかるらむ
・読み
みかのはら わきてながるる いずみがわ いつみきとてか こいしかるらん
・歌人名
ちゅうなごんかねすけ


■意味
みかの原を
分けるようにして 湧きいでて流れる 「いづみ川」 ではないけれど、
いつ見たためだろうか〜? 
いつ会ったためだろうか〜?
いや本当は 会ったこともないのに、
どうしてこんなに恋しいのだろう〜…


■解説
みかの原    … 京都府相楽郡加茂町を流れる木津川の北側一帯。
         45代聖武天皇の時代に、一時 都(恭仁京)が営まれていた地域。
わきて     … 「分きて」と「湧きて」の掛詞。
         「いずみ(泉)」の縁語。
いつみきとてか … いつ、見たからと言ってか。
         いつ、会ったからと言ってか。


京都府相楽郡加茂町



中納言兼輔(ちゅうなごんかねすけ、877〜933、生没年差 56 )
 平安時代前期の人。_ 
 前期を 794〜930年 の 130余年間として。 (平安時代は 794〜1192年 の 約400年間)_

藤原兼輔。
25番 三条右大臣(藤原定方)と従兄弟関係。
57番 紫式部の曾祖父(3代上)。 
58番 大弐三位の4代上(紫式部は大弐三位の母)。
98番 従二位家隆(藤原家隆)は、藤原兼輔の末裔。紫式部と遠縁。

藤原兼輔(27番) → 藤原雅正 → 藤原為時 → 紫式部(57番) → 大弐三位(58番)

加茂川の堤に邸宅を造営。
多くの歌人との交流があり、紀貫之らと親交があった。
平安時代の和歌の世界で活躍。
三十六歌仙のひとり。 (百人一首の歌番号順で11番目)

六歌仙 & 三十六歌仙 の整理  (図 クリックで、オリジナル資料 表示します)  

このブログ中の記事は ⇒ 百歌人 のなかの 六歌仙、三十六歌仙

&、
藤原冬嗣(26番 貞信公の 曾祖父=3代上) の血統で数えると
百人一首歌人は、紫式部、大弐三位 含め27人います。
一例)
藤原鎌足(藤原氏祖、0代)
藤原冬嗣 ⇒ 鎌足 の5代下
藤原忠平 ⇒ 鎌足 の8代下 = 26番 貞信公
藤原兼輔 ⇒ 鎌足 の8代下 = 27番 中納言兼輔
藤原定家 ⇒ 鎌足 の16代下 = 97番 権中納言定家

藤原冬嗣の血統の百人一首歌人27人 ⇒ 冬嗣(ふゆつぐ)の血を引く27歌人



■小倉百人一首が より一層 おもしろくなる ミニ知識

1.小倉百人一首の時代背景・歴史背景、 藤原家系&冷泉家について

2.小倉百人一首 百歌人の 氏・家 系統 分類、 血統つながり
 (概略:多い順並び)
01. 藤原   34人 (筆頭、18番 藤原敏行朝臣)
02. 源    13人 (筆頭、14番 川原左大臣)
03. 皇族   10人 (筆頭、01番 天智天皇)
04. 大江    6人 (筆頭、23番 大江千里)
05. 清原    3人 (筆頭、36番 清原深養父)

06. 小野    2人 (筆頭、09番 小野小町)
07. 良岑    2人 (筆頭、12番 僧正遍昭)
08. 在原    2人 (筆頭、16番 中納言行平)
09. 文屋    2人 (筆頭、22番 文屋康秀)
10. 壬生    2人 (筆頭、30番 壬生忠岑)
11. 紀     2人 (筆頭、33番 紀友則)
12. 平     2人 (筆頭、40番 平兼盛)
13. 大中臣   2人 (筆頭、49番 大中臣能宣)

14. その他  18人 (筆頭、03番 柿本人麻呂)


[その他]グループの歌人は、
「百人一首歌人の中には 同族系統の人 は居ない」 と思われる歌人です。
 


posted by 百人一首散策人 at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 百人一首を1日1首覚える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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