百人一首を覚える わびぬれば 20.元良親王

■小倉百人一首 20番歌                                        百首一覧

わびぬれば今はた同じ難波なる みをつくしてもあはむとぞ思ふ  元良親王

・かな表示
わびぬれば いまはたおなじ なにはなる みをつくしても あはむとぞおもふ
・読み
わびぬれば いまはたおなじ なにわなる みをつくしても あわんとぞおもう
・歌人名
もとよししんのう


■意味
どうして良いか行き詰まってしまったのだから、今となってはもう同じことだ。
ええぃ! 難波にある澪標ではないが、どんな事をしてでも 逢おうと思う!


■解説
わびぬれば … 思い悩んでいるので
はた    … また もう
難波なる  … 難波にある
みをつくし … 「 澪標 ( 航路を示す杭 ) 」 と 「 身を尽くし 」 を掛けている。


元良親王は陽成天皇の第一皇子で、美男の貴公子。
宇多上皇の后 褒子(京極御息所)と恋愛を始めたが、いつしか二人の仲が噂として広まる。
上皇の后との不倫だから、バレては大変。
悶々と悩んだ末、命がけの思いを込めた歌を作り、相手の褒子(京極御息所)に届けた。

出典『後撰集』の詞書(ことばがき)がおもしろい。
⇒ 「事いできてのちに 京極御息所(きょうごくのみやすんどころ)につかはしける」
つまり、「不倫が世間にバレてしまって後に、不倫相手に送った歌」と言うこと。

私の、20番歌 「 マッチングYouTube 」 ⇒ 井上陽水 「 闇夜の国から 」 。



元良親王(もとよししんのう、890〜943、生没年差 53 )
 平安時代前期の人。_ 
 前期を 794〜930年 の 130余年間として。 (平安時代は 794〜1192年 の 約400年間)_

13番 陽成院 (=第57代 陽成天皇 )の第一皇子。 
風流好色の皇子として知られている。


この歌のように「皇室をベースに」「男女間の好いた惚れた」が詠われると
私は「歌に関係する皇族の系図を照らし合わせ」たくなります。
それが私には、とても興味深く面白いので。

歴代天皇一覧 の 20番歌との 関連箇所 抜粋 
陽成天皇、光孝天皇、宇多天皇、元良親王 の関連時期は、平安時代前期。
第50〜60代天皇の時期が おおむね 平安時代前期。(794〜930年)  (桓武天皇〜醍醐天皇)
第61〜70代天皇の時期が おおむね 平安時代中期。(930〜1060年)  (朱雀天皇〜後冷泉天皇)
第71〜81代天皇の時期が おおむね 平安時代後期。(1060〜1192年)  (後三条天皇〜安徳天皇)
平安時代は、794〜1192年 (なくよ鶯平安京〜いいくに造ろう鎌倉幕府) の約400年間。
ですので、平安時代が 西暦800年に始まって1190年に終わる 390年間として、
前期・中期・後期、それぞれは約130年間なので、次のようにイメージできます。
前期は、800〜930年
中期は、930〜1060年 
後期は、1060〜1190年。
 
百人一首のメイン時代区分の「平安時代」。こう覚えると区切りよく覚えられます。


元良親王関連系図
陽成院、光孝天皇、宇多上皇、元良親王 の血縁関係がよく分かります。
上記の4人は、54代 仁明天皇の血統です。

13番歌 陽成天皇の生誕年は、15番歌 光孝天皇の生誕年の38年後なのですが、
13番歌の陽成天皇が57代天皇(在位期間 876〜884、差8年)、
15番歌の光孝天皇が58代天皇(在位期間 884〜887、差3年)です。
このようなことも私にはとても興味深いです。
「元良親王の女好きぶりが皇位の継承をひいお爺ちゃんの代まで遡らせた!?」
と考えると実に面白いです。
「皇位が曾祖父の代に遡った実際の背景」はまた折を見て調べておきます。
同じような興味を覚えられましたら、ご自分でもお調べになると面白いカモです。

実際の所は、陽成天皇が光孝天皇に皇位を譲位後、元良親王が生まれたようです。
元良親王の父 陽成天皇は、9才で即位したけれど、精神を患って在位期間8年で退位。
陽成天皇の祖父(55代文徳天皇) の 弟(=15番 光孝天皇)に皇位を譲った。
ですので、これも憶測になりますが・・・。
元良親王は「自分には天皇の座は回ってこない」と諦め、
お気楽に女遊びを満喫したのかも知れません。

この時期のプレイボーイというと『源氏物語』の主人公 光源氏。
元良親王のことをこうして書いてみると、
元良親王が光源氏のモデルかなとも思えてくるのですが、
光源氏のモデルとされてるのは、
筆頭候補が源融(14番 川原左大臣)説で、
筆頭ではないですが、光孝天皇(15番)説もあるようです。

また、光源氏の父 桐壺帝の代は、
『源氏物語』に登場する各天皇から察すると
60代 醍醐天皇に相当します。



■小倉百人一首が より一層 おもしろくなる ミニ知識

1.小倉百人一首の時代背景・歴史背景、 藤原家系&冷泉家について

2.小倉百人一首 百歌人の 氏・家 系統 分類、 血統つながり
 (概略:多い順並び)
01. 藤原   34人 (筆頭、18番 藤原敏行朝臣)
02. 源    13人 (筆頭、14番 川原左大臣)
03. 皇族   10人 (筆頭、01番 天智天皇)
04. 大江    6人 (筆頭、23番 大江千里)
05. 清原    3人 (筆頭、36番 清原深養父)

06. 小野    2人 (筆頭、09番 小野小町)
07. 良岑    2人 (筆頭、12番 僧正遍昭)
08. 在原    2人 (筆頭、16番 中納言行平)
09. 文屋    2人 (筆頭、22番 文屋康秀)
10. 壬生    2人 (筆頭、30番 壬生忠岑)
11. 紀     2人 (筆頭、33番 紀友則)
12. 平     2人 (筆頭、40番 平兼盛)
13. 大中臣   2人 (筆頭、49番 大中臣能宣)

14. その他  18人 (筆頭、03番 柿本人麻呂)


[その他]グループの歌人は、
「百人一首歌人の中には 同族系統の人 は居ない」 と思われる歌人です。
 


posted by 百人一首散策人 at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 百人一首を1日1首覚える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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