百人一首を覚える はなのいろは 9.小野小町

■小倉百人一首 9番歌                                        百首一覧

花の色はうつりにけりないたづらに わが身世にふるながめせしまに  小野小町

・かな表示
はなのいろは うつりにけりな いたづらに わがみよにふる ながめせしまに
・読み
はなのいろは うつりにけりな いたずらに わがみよにふる ながめせしまに
・歌人名
おののこまち


■意味
桜の花の色がすっかり色あせてしまったと同じように、
私の容姿も衰えてしまいました。
桜に降る長雨を眺め、むなしく恋の思いに耽っている間に。


■解説
うつりにけりな … あせてしまったなぁ。
         見栄えしなくなったなぁ。
いたづらに   … 無駄に。むなしく。
ふる      … 「世に経る(月日を過ごす)」と「雨が降る」を掛けている。
ながめ     … 「長雨」と「眺め」を掛けている。
         「眺め」としては、
          恋や人生について、物思いに耽ることもさす。
          自分の思い通に生きることが難しかった当時の女性達は
          多くの時間を「眺め」に費やした。



小野小町(おののこまち、825 ? 〜 900 ?、生没年差 75 ? )
 平安時代前期の人。_ 
 前期を 794〜930年 の 130余年間として。 (平安時代は 794〜1192年 の 約400年間)_

絶世の美人と言われ、各地に小町伝説を残す。
しかし、その経歴は未詳。
小野小町11番 参議篁[小野篁]の孫娘であるとの説については、下に別記しました。
(ただし、小野篁「遣隋使の小野妹子」の子孫ではある。)

六歌仙のひとり。 (百人一首の歌番号順で2番目) &
三十六歌仙のひとり。 (百人一首の歌番号順で5番目)

六歌仙中では ただ一人の女性。
三十六歌仙中では 百人一首の女性歌人は 次の二人。
09番 小野小町、 19番 伊勢 。

六歌仙 & 三十六歌仙なのは 次の三人。
9番 小野小町、12番 僧正遍昭、17番 在原業平朝臣。

六歌仙 & 三十六歌仙 の整理  (図 クリックで、オリジナル資料 表示します)  

このブログ中の記事は ⇒ 百歌人 のなかの 六歌仙、三十六歌仙

・ 小野小町と 11.参議篁 の関係 について
11.参議篁(小野篁、802〜852、生没年差 50 )は、遣隋使を務めた「小野妹子」の子孫。
父は小野岑守(みねもり)。 孫に小野道風。( ← 三蹟の一人)

小野小町(825?〜900?、生没年差 75? )は、系図集『尊卑分脈』によれば
出羽郡司 小野良真の娘とされている。 (小野良真は 小野篁の息子 とされる人物)
ということで、小町が篁の孫とするなら、
小町は篁が23才の頃にできた孫娘ということになります。
これは、いくら古代のお話といえど、現実的ではありません。
なので一般的には、「小野小町の詳しい系譜は不明」とされています。

参考) 
小野妹子 は、 飛鳥時代[500年代末〜710年] の政治家。
日本の通説では、
『隋書』が記録する「日出処天子」の文言で知られる国書(※)
を携えた使者は小野妹子とされる。

名は「妹子」とあるが 男性。 
当時、「子」は男女問わずに用いられていた。

(※) 国書 (←聖徳太子が書いたとされる) ⇒ 遣隋使が随の帝に差し出した外交文書。
・この国書の冒頭
「日出處天子致書日沒處天子無恙云云」
・この冒頭の今風な内容
日いずる所の天子が、日 没するところの天子に「書」を使わします。以下よろしくたのみます。
実はこの言い回し、当時における日本の、随という大国に対する表現としては、
かなり勇気あるものであった。
・当時の東アジアの国際情勢
随[≒今の中国]は「天子」(国王)を名乗れるのは、隋の国王のみであると思っていた。
それくらいに、随は大国であり、当時の日本にとって 強大な国であっただろうのに・・・。

この件に関して、
NHK高校講座 日本史 2009年第4回(5月12日)放送分 「東アジア世界の動乱と古代日本」
を見ると面白いです。
ビデオの4分経過あたりから
587年 蘇我馬子らが物部守屋を倒す
593年 推古天皇 即位。第33代天皇。初めての女性天皇。  (聖徳太子が摂政となる)
600年 聖徳太子(本来名称 = 厩戸皇子[うまやどのおうじ])が遣隋使を開始
603年 冠位十二階を制定
604年 憲法十七条を制定
607年 小野妹子を随に派遣。
      「国書」の表現に対し、随の王「煬帝」が激怒する。
608年 小野妹子が帰国。隋の使者 裴世清(はい せいせい)を伴う。

が紹介されます。
その中で、5分半経過あたりからの「国書」についての説明が面白いです。


NHK高校講座日本史の第4〜11回が百人一首の時代範囲に相当する回次です。
この講座の中でも百人一首の歌人のことなど、けっこう登場します。
歴史とダブらせて百人一首の歌人をイメージするのに、&
百人一首の期間を歴史を背景にイメージするのに、役立ちます。

2009年NHK高校講座日本史 (飛鳥、奈良、平安、鎌倉。600年代後半〜1200年代前半)
 回  月日  タイトル
  4  5/12 東アジア世界の動乱と古代日本
  5  5/19 奈良時代の都と地方
  6  5/26 平安京の時代
  7  6/02 摂関政治の展開と藤原氏
  8  6/09 武士の登場
  9  6/16 院政
 10  6/23 鎌倉幕府の成立
 11  6/30 承久の乱と執権政治 

(参考) 歴代天皇簡易一覧 (初代 神武天皇 から 125代 今上天皇 まで)


■小倉百人一首が より一層 おもしろくなる ミニ知識

1.小倉百人一首の時代背景・歴史背景、 藤原家系&冷泉家について

2.小倉百人一首 百歌人の 氏・家 系統 分類、 血統つながり
 (概略:多い順並び)
01. 藤原   34人 (筆頭、18番 藤原敏行朝臣)
02. 源    13人 (筆頭、14番 川原左大臣)
03. 皇族   10人 (筆頭、01番 天智天皇)
04. 大江    6人 (筆頭、23番 大江千里)
05. 清原    3人 (筆頭、36番 清原深養父)

06. 小野    2人 (筆頭、09番 小野小町)
07. 良岑    2人 (筆頭、12番 僧正遍昭)
08. 在原    2人 (筆頭、16番 中納言行平)
09. 文屋    2人 (筆頭、22番 文屋康秀)
10. 壬生    2人 (筆頭、30番 壬生忠岑)
11. 紀     2人 (筆頭、33番 紀友則)
12. 平     2人 (筆頭、40番 平兼盛)
13. 大中臣   2人 (筆頭、49番 大中臣能宣)

14. その他  18人 (筆頭、03番 柿本人麻呂)


[その他]グループの歌人は、
「百人一首歌人の中には 同族系統の人 は居ない」 と思われる歌人です。
 


posted by 百人一首散策人 at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 百人一首を1日1首覚える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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