百人一首を覚える あまのはら 7.阿倍仲麿

■小倉百人一首 7番歌                                        百首一覧

天の原ふりさけ見れば春日なる 三笠の山に出でし月かも  阿倍仲麿

・かな表示
あまのはら ふりさけみれば かすがなる みかさのやまに いでしつきかも
・読み (かな表示のまま)
・歌人名
あべのなかまろ
 

■意味
大空をふり仰いで はるか遠く眺めて見える月は、
かつて奈良 春日の 三笠の山 に出ていた月と同じ月なのだなぁ。


■解説
天の原     … 大空。
         「原」は大きく広がっている様子をさす。
ふりさけ見れば … 遠くを眺めやると。
春日なる    … 「春日」は現在の奈良公園から春日神社のあたり。
         遣唐使の出発に際し、春日神社に旅の無事を祈ったとされる。
三笠の山    … 春日神社の後方の、若草山と高円山との間にある山。
出でし月かも  … この「月」は、かつて見た三笠の山の上にあった「月」をさす。


春日 春日山 三笠山 あたり



阿倍仲麿(あべのなかまろ、698〜770、生没年差 72 )
 奈良時代の人。 (奈良時代は 710〜794年 の 80余年間)_
留学生として唐に渡り、李白・王維らとも親交があった。
船の難破により帰国に失敗し、唐で没した。

阿倍仲麿の帰船団(※)の別の船には、唐の僧侶 鑑真 が乗っていた。
※…752年12月、藤原清河率いる遣唐使一行の帰船団。

阿倍仲麿は 大使 藤原清河の第一船に、
鑑真は 副使 大伴古麻呂の第二船に乗船。
第一船は漂流で帰日せず。
第二船はなんとか帰日。

鑑真(688〜763)は10回目のこの渡海で初めて渡日に成功。
日本の仏教の立て直しに大いに貢献する。
唐招提寺を建てた帰化僧。日本で没。



■小倉百人一首が より一層 おもしろくなる ミニ知識

1.小倉百人一首の時代背景・歴史背景、 藤原家系&冷泉家について

2.小倉百人一首 百歌人の 氏・家 系統 分類、 血統つながり
 (概略:多い順並び)
01. 藤原   34人 (筆頭、18番 藤原敏行朝臣)
02. 源    13人 (筆頭、14番 川原左大臣)
03. 皇族   10人 (筆頭、01番 天智天皇)
04. 大江    6人 (筆頭、23番 大江千里)
05. 清原    3人 (筆頭、36番 清原深養父)

06. 小野    2人 (筆頭、09番 小野小町)
07. 良岑    2人 (筆頭、12番 僧正遍昭)
08. 在原    2人 (筆頭、16番 中納言行平)
09. 文屋    2人 (筆頭、22番 文屋康秀)
10. 壬生    2人 (筆頭、30番 壬生忠岑)
11. 紀     2人 (筆頭、33番 紀友則)
12. 平     2人 (筆頭、40番 平兼盛)
13. 大中臣   2人 (筆頭、49番 大中臣能宣)

14. その他  18人 (筆頭、03番 柿本人麻呂)


[その他]グループの歌人は、
「百人一首歌人の中には 同族系統の人 は居ない」 と思われる歌人です。
 


posted by 百人一首散策人 at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 百人一首を1日1首覚える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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