百人一首を覚える あきのたの 1.天智天皇

■小倉百人一首 1番歌                                        百首一覧

秋の田のかりほの庵の苫をあらみ わが衣手は露にぬれつつ  天智天皇

・かな表示
あきのたの かりほのいほの とまをあらみ わがころもでは つゆにぬれつつ
・読み
あきのたの かりおのいおの とまをあらみ わがころもでは つゆにぬれつつ
・歌人名
てんじてんのう


■意味
秋、稲を刈り取る季節。
田んぼのほとりにある仮小屋。
その屋根を葺いた苫の編み目が粗いので、
私の衣の袖は 露に濡れていくばかりです。


■解説
百人一首の第1首は、
日本の秋、黄金色に実った田んぼの風景から始まる。
天皇が稲の見張りをするわけはないので、
農民の立場になって その労働の厳しさを思いやった歌?
実った稲、秋の冷気と夜露、といった 日本の風景の原点のひとつがイメージされる歌?
定家は、
日本の繁栄と和歌の原点がこの歌にあると考え この歌を第1首としたのでしょうか?
でも、「田んぼ」を示す「田」の字があるのは この歌と71番「夕されば〜」のみ。
恋の歌集に 「田んぼ」は そんなには関係ないのかも…。 (>_<) いたた


天智天皇(てんじてんのう、626〜672、生没年差 46 。 38代天皇、在位 661〜672、年差 11年 )
天智天皇は、在位中になくなる。
 飛鳥時代の人。 (飛鳥時代は 6世紀末 〜 710 の 120〜130年間)_
41代 持統天皇(2番歌 歌人)の父親。
中大兄皇子(なかのおうえのおうじ)。
「乙巳の変(645年)」の中心人物。
「乙巳の変」を契機として「大化の改新(646年)」に発展する。

乙巳の変」(いっしのへん・おっしのへん)
飛鳥時代 36代 孝徳天皇期の 645年に起きた政変(クーデター)。
中大兄皇子、中臣鎌子らが 宮中で 蘇我入鹿を暗殺し 蘇我氏(蘇我本宗家)を滅ぼした。

大化の改新
飛鳥時代 36代 孝徳天皇期の 646年に発布された 「改新の詔(かいしんのみことのり)」
に基づく政治的改革。

中大兄皇子として知られているけれど、正しくは葛城皇子。
「大兄」とは皇太子の意で、「中大兄」は「次の皇太子」という意味。

「乙巳の変」で中大兄皇子をささえたのが 中臣鎌足(なかとみのかまたり)。
中大兄皇子が天智天皇となってのち その功績により天智天皇は中臣鎌足に藤原性を与える。
以降、中臣鎌足は藤原鎌足と呼ばれる。 ⇒ 藤原氏の氏祖。

百人一首の編者 藤原定家は 藤原鎌足の子孫(16代下)です。
このことについて、このブログ内関連記事
@1番歌は聖徳太子でも良かったんじゃない?
A定家の孫 から 18代 遡(さかのぼ)ってみる





■小倉百人一首が より一層 おもしろくなる ミニ知識

1.小倉百人一首の時代背景・歴史背景、 藤原家系&冷泉家について

2.小倉百人一首 百歌人の 氏・家 系統 分類、 血統つながり
 (概略:多い順並び)
01. 藤原   34人 (筆頭、18番 藤原敏行朝臣)
02. 源    13人 (筆頭、14番 川原左大臣)
03. 皇族   10人 (筆頭、01番 天智天皇)
04. 大江    6人 (筆頭、23番 大江千里)
05. 清原    3人 (筆頭、36番 清原深養父)

06. 小野    2人 (筆頭、09番 小野小町)
07. 良岑    2人 (筆頭、12番 僧正遍昭)
08. 在原    2人 (筆頭、16番 中納言行平)
09. 文屋    2人 (筆頭、22番 文屋康秀)
10. 壬生    2人 (筆頭、30番 壬生忠岑)
11. 紀     2人 (筆頭、33番 紀友則)
12. 平     2人 (筆頭、40番 平兼盛)
13. 大中臣   2人 (筆頭、49番 大中臣能宣)

14. その他  18人 (筆頭、03番 柿本人麻呂)


[その他]グループの歌人は、
「百人一首歌人の中には 同族系統の人 は居ない」 と思われる歌人です。
 


posted by 百人一首散策人 at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 百人一首を1日1首覚える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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