百人一首と ♪月光

百人一首のこの歌と、YouTubeの この曲・このビデオ が
私の世界ではイメージ的につながるんだけど〜 という シリーズ記事です。
あなたはいかがですか? こんなペアはいかが〜 という方はぜひ教えて下さい♪  m(__)m


99 人もをし人もうらめしあぢきなく 世を思ふゆゑに物思ふ身は  後鳥羽院


■歌の意味
ある時は人を愛おしいと思い、またある時は人を恨めしく思う。
つまらない世だと思うからこそ、あれこれと もの思いをする私には。


■月光    鬼束ちひろ

歌詞


■マッチング背景
「月光」の次の箇所などを聴くとなんとなく
後鳥羽院が99番歌で歌った気持ちと似たような雰囲気を感じます。

I am GOOD'S CHILD
この腐敗した世界に堕とされた
How do I live on such a field?
こんなもののために生まれたんじゃない

心を開け渡したままで
貴方の感覚だけが散らばって
私はまだ上手に片付けられずに

後鳥羽院の歌は恋愛感情にからむ歌ではなさそうですが、
諦めたい忘れたい見放したい、でもできない。
そんなアンバランスな気持ちが、どちらの歌も歌われているようで、
この二つの歌をマッチングさせました。


■99番歌の歌人 後鳥羽院(ごとばいん、1180〜1239、59才)
第82代天皇(在位、1183〜1198)。天皇在位期間は、3才!の時から18才の時までの15年間。
この歌は、承久の乱(1221)の 9年前(1212)、後鳥羽院が32才の時(退位後14年目)の作。
鎌倉時代の始まりは、1192年なので、後鳥羽天皇が12才&在位9年目の時です。

在位中に幕府に実権が移ったのでしょう。1192年の6年後18才の時 在位を退いてます。
朝廷から幕府に実権が移った1192年の29年後、承久の乱(1221年)が起こりました。
後鳥羽院 41才の時の挑みです。
結果、後鳥羽院はこの挑みに敗れ、後の19年ほどを隠岐で過ごすことになりました。
ただ、後鳥羽院は隠岐でも活動的だったと伝えられています。
陽気で楽天的な方だったのでしょうか。没年齢59。


■100番歌の歌人 順徳院(じゅんとくいん、1197〜1242、45才)
第84代天皇(在位、1210〜1221)。
天皇在位期間は13才の時から24才の時までの11年間。
後鳥羽天皇の第三皇子(後鳥羽天皇が17才の時の子)。
後鳥羽院に従い承久の乱を起こす。(むしろ父の後鳥羽院以上に倒幕に意欲的だったようです)
順徳院は敗れて佐渡に流される。


■99番歌と100番歌
99  人もをし人もうらめしあぢきなく 世を思ふゆゑに物思ふ身は   後鳥羽院
100  ももしきや古き軒端のしのぶにも なほあまりある昔なりけり   順徳院

父、後鳥羽院は島根県の隠岐島へ流される。
息子、順徳院は新潟県の佐渡島へ流される。
そんな背景をイメージして、
「人もおし 人も恨めし ……」
「百敷きや 古き軒端の ……」 を観賞するのも面白いです。

(参考) 歴代天皇一覧


posted by 百人一首散策人 at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | YouTube マッチング遊び | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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