歌の意味解釈 56〜60番

56 あらざらむこの世のほかの思ひ出に いまひとたびの逢ふこともがな  和泉式部
57 めぐりあひて見しやそれとも分かぬまに 雲がくれにし夜半の月かな  紫式部
58 ありま山ゐなの笹原風吹けば いでそよ人を忘れやはする       大弐三位
59 やすらはで寝なましものを小夜更けて かたぶくまでの月を見しかな  赤染衛門
60 大江山いく野の道の遠ければ まだふみも見ず天の橋立        小式部内侍


56番 和泉式部 〜 62番 清少納言まで、
66代 一条天皇 の「皇后 藤原定子」&「中宮 藤原彰子」に使えた女官が続きます。
定子は、藤原道隆の長女。(道隆は、藤原兼家の長男)  62.清少納言のみ
彰子は、藤原道長の長女。(道長は、藤原兼家の五男)  56.和泉式部〜61.伊勢大輔まで


■56 和泉式部(いずみしきぶ、978?〜?)
大江雅致(オオエノマサムネ)の娘。小式部内侍(60番)の母。
66代 一条天皇(在位:986〜1011)の中宮、彰子に仕える。
『和泉式部日記』の作者とされる。

あらざらむこの世のほかの思ひ出に いまひとたびの逢ふこともがな

私の命はもうすぐに尽きてしまいます。
せめて、あの世への大切な思い出として、私の命が尽きるまでにもう一度だけ、
あなたにお逢いしたいものです。

あらざらむ…生きていないだろう
この世のほか…あの世。死後の世界。
逢ふこともがな…逢いたいものだ。「逢ふ」は夜を共に過ごす意味を含んでいる。



■57 紫式部(むらさきしきぶ、973?〜1019?)
藤原為時の娘。大弐三位(58番)の母。
66代 一条天皇(在位:986〜1011)の中宮、彰子に仕える。
『源氏物語』『紫式部日記』の作者。

めぐりあひて見しやそれとも分かぬまに 雲がくれにし夜半の月かな

久しぶりに巡り逢ってお見受けしたのが確かであったのかどうか…。
見分けが着かないうちに、あなたは慌ただしく帰ってしまいました〜。
雲の間に隠れてしまった、夜の月のように。

見しやそれとも…見たのは、そうかどうか
分かぬまに…判断がつかないうちに
〜夜半の月かな…百人一首の古い写本では「〜夜半の月影(月の光)」と成っている。
この「月」には、「友達」の意味を込めているという。
この歌は、「恋心」の歌と言うよりも、
「幼なじみの女友達とのつかの間の再会を惜しむ」歌のようです。



■58 大弐三位(だいにのさんみ、999〜?)
藤原賢子(フジワラノカタコ)。紫式部の娘。
母に続いて、66代 一条天皇の中宮 彰子に仕えた後、後冷泉天皇の乳母(メノト)となった。
( 後冷泉天皇…70代天皇。在位、1045〜1068 )

ありま山ゐなの笹原風吹けば いでそよ人を忘れやはする

有馬山に近い猪名の笹原に風が吹くと、そよそよと音がします。
そうよ、それですよ〜。風になびく笹のように頼りないのは貴方の心ですよ。
どうして、私が貴方の事を忘れたりするでしょう…。忘れたりする訳ないじゃありませんか〜。

ありま山…神戸市街地(神戸市は市街地こそ東西に長いが実際は奥が広い)を東西に長く見せる、
東西に屏風のように連なる六甲連山。
その裏側(北側)にある温泉の沢山ある山地・温泉保養地。有馬山・有馬温泉。
ゐな…猪名。猪名川に沿った平地。
いでそよ…「いで」は感動・決意・反発、などを感じたときに発する語。
「そよ」は「それよそれなのよ〜」の意味。



■59 赤染衛門(あかぞめえもん、958?〜?)
赤染時用(アカゾメノトキモチ)の娘。大江匡衡(オオエノマサヒラ)の妻。66代 一条天皇の中宮 彰子に仕える。
歴史物語『栄花物語』(エイガモノガタリ)上編の作者とも言われる。
なお、この59番歌は『馬内侍集』にもあり、作者についてはやや不確か。

やすらはで寝なましものを小夜更けて かたぶくまでの月を見しかな

(貴方が今夜いらっしゃらないと分かってたら)、ためらうことなく寝てましたのに…。
いらっしゃるのが今か今かとお待ちしてたら、夜が更けてしまって…
西の空に傾くまでの月を見たんですよ。  (もぅ〜貴方ったら〜)

やすらはで…ためらわないで
寝なましものを…寝てしまえば良かったのに
さ夜…小夜。「さ」は接頭語。



■60 小式部内侍(こしきぶのないし、1000?〜1025)
和泉式部の娘。二十代で早世。
母と同じように、66代 一条天皇の中宮 彰子に仕え、藤原教通(ノリミチ)らの寵愛を受ける。

大江山いく野の道の遠ければ まだふみも見ず天の橋立

大江山を越えていく、生野の道のりは遠いんですよ〜。
だからまだ、母の居る天橋立へは行ったことがありませんし、
ましてや、母の手紙など見られる訳ないじゃないですか〜。  
(ほんとに、おっちょこちょいね、貴方って…)

大江山…天橋立に向かうときに最後に越える山。
山城と丹波を隔てる西京区の山との説もある。この場合、「おおえやま」は「大枝山」。
いく野…生野。丹波・福知山の地名。「行く」との掛詞。
ふみも見ず…「足を踏み入れたことがない」と「手紙(文)を見てない」を掛けている。
天橋立…丹後・宮津市にある名勝。日本三景のひとつ。
この歌は、 藤原定頼(64番) が、
「あなたの母親(=56番 和泉式部) に 歌の代作を頼んでも、
 返事が返ってこないのではないですか」と内侍をからかった折りに、
内侍がすかさず定頼に返した歌。
当時、内侍の歌は評判が良く、
「あれは母親に歌を作ってもらってるんだよ、きっと〜」と
からかうものが居たという。(きっと、才色兼備の女性で人気者だったのでしょう)


posted by 百人一首散策人 at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 小倉百人一首 意味・解釈 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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