歌の意味解釈 91〜95番

91 きりぎりすなくや霜夜のさむしろに 衣かたしき独りかも寝む 後京極摂政前太政大臣
92 わが袖は潮干に見えぬ沖の石の 人こそ知らね乾くまもなし    二条院讃岐
93 世の中は常にもがもな渚こく あまの小舟の綱手かなしも     鎌倉右大臣
94 み吉野の山の秋風さ夜ふけて ふるさと寒く衣うつなり      参議雅経
95 おほけなく憂き世の民におほふかな わが立つ杣にすみぞめの袖  前大僧正慈円




■91 後京極摂政前太政大臣(ごきょうごくせっしょうさきのだいじょうだいじん、1169〜1206)
藤原義経(ヨシツネ)。関白 兼実(カネザネ)の次男。
『新古今集』の仮名手本序を執筆。家集に『秋篠月清集』(アキシノゲッセイシュウ)がある。

きりぎりすなくや霜夜のさむしろに 衣かたしき独りかも寝む

コオロギの鳴く 霜のおりる寒い夜。
私は むしろの上に 衣の片方の袖を敷いて 一人寂しく寝るのであろうか〜。
(あぁ〜心が寒い〜)

きりぎりす…コオロギのこと。
むしろ…藁(ワラ)菅(スゲ)などで編んだ粗末な敷物。
「さ」は接頭語。 掛詞…寒し⇔さむしろ



■92 二条院讃岐(にじょういんのさぬき、1141?〜1217?)
源三位頼政(ゲンサンミヨリマサ)の娘。平安時代末、歌合(ウタアワセ)などで活躍。
後鳥羽上皇 の中宮 宜秋門院任子(ギシュウモンインニンシ)に仕える。

わが袖は潮干に見えぬ沖の石の 人こそ知らね乾くまもなし

私の袖は 潮が引いた時にさえ 海に隠れて 見える事のない沖の石のように、
人様は知らないでしょうが 涙に濡れて 乾く間もないのよ。 (しくしく…)

「沖の石の讃岐」…この歌で好評を博し、二条院讃岐は 「沖の石の讃岐」 と呼ばれた。
沖の石、人こそ知らね…作者の秘めた思いを具象化。
ここで「人」は、世間一般の人とも 恋する相手とも イメージできる。



■93 鎌倉右大臣(かまくらのうだいじん、1192〜1219)
源実朝(ミナモトノサネトモ)。頼朝の三男。鎌倉幕府の三代将軍。
甥の公暁(クギョウ)に鶴岡八幡宮で暗殺される。
家集に『金塊和歌集』(コンカイワカシュウ)がある。

世の中は常にもがもな渚こく あまの小舟の綱手かなしも

あぁ、この世は永遠に変わらないものであって欲しいものだ。
渚を漕いでゆく漁師の小舟が 陸から綱で引かれるさまは、なんとも愛おしいなぁ〜。

権謀術数の渦中に在った人 ならではの歌。作者が日頃目にした鎌倉の海岸風景からの歌?
27才で生涯を終えた作者の歌として読むと、実に「かなしも〜」。
がも…実現することの難しそうな事柄についての願望。(「かも」に濁点?)
な…詠嘆の終助詞。
綱手…舟の先に付けて、陸から舟を引くための綱。
かなし…心を揺り動かされるような痛切な感情。悲哀だけの意味には限定されない。
も…これも詠嘆の終助詞。



■94 参議雅経(さんぎまさつね、1170〜1221)
藤原雅経。『新古今和歌集』の選者の一人。

み吉野の山の秋風さ夜ふけて ふるさと寒く衣うつなり

吉野の山の秋風が 夜がふけて吹きわたっている。
その昔の都であったこの里は一層寒く、寒々と衣を打つ音が聞こえてくるのだなぁ。

砧(きぬた)…着物の布地を 柔らかくしたり艶出しするため 木槌でたたく時に使った 木や石の台。
衣うつ…衣を打つのは女性の夜なべの作業。
この音が聞こえるほどの静けさが、昔の繁栄と照らし合わせると寂しさを誘う。



■95 前大僧正慈円(さきのだいそうじょうじえん、1155〜1225)
関白 藤原忠通(76番、法性寺入道前関白太政大臣)の子。
11才で出家。四度、天台座主になる。 
史論『愚菅抄』(グカンショウ)の作者。

おほけなく憂き世の民におほふかな わが立つ杣にすみぞめの袖

身の程もわきまえない事ですが、つらいこの世を生きる人々に、覆い掛けましょう。
この比叡の山に住み初めたばかりの私の この墨染めの袖を。

杣山(そまやま)…寺社や宮殿用に植林した材木を切り出す山。ここでは延暦寺のある比叡山。
すみぞめ(掛詞 カケコトバ)…住み初め & 墨染め。
この歌は、伝道大師(←最澄?)の
「阿耨多羅 三藐 三 菩提 の仏達、わが立つ杣に冥加(ミョウガ)あらせたまへ」を踏まえた歌。
(一切の真理を悟った御仏達よ。私が入り立つこの杣山に加護をお与え下さい)

人の上に立つ自覚と使命感を力強く歌った歌で、百人一首の中では異色。
慈円は、父の藤原忠通、兄の九条兼実、共に関白、という政治の名門。
平安時代末期の動乱の世に、11才で仏の道を志した。
「おほけなく」には謙遜と強い決意が伺える。

(関連記述)
比叡山は天台宗の本山。最澄(767〜822、55才)が開いた。
高野山は真言宗の本山。空海(774〜835、64才)が開いた。


posted by 百人一首散策人 at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 小倉百人一首 意味・解釈 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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