歌の意味解釈 21〜25番

21 いま来むと言ひしばかりに長月の 有明の月を待ちいでつるかな   素性法師
22 吹くからに秋の草木のしをるれば むべ山風を嵐といふらむ     文屋康秀
23 月見ればちぢにものこそ悲しけれ わが身一つの秋にはあらねど   大江千里
24 このたびは幣もとりあへず手向山 紅葉の錦神のまにまに      菅家
25 名にし負はば逢坂山のさねかづら 人に知られでくるよしもがな   三条右大臣




■21 素性法師(そせいほうし、9世紀後半〜10世紀初頭)
俗名 良岑玄利(よしみねのはるとし)。12番 僧正遍昭 の子。

いま来むと言ひしばかりに長月の 有明の月を待ちいでつるかな

「すぐ行くからね」って貴方が言ったから、
私は九月の長い夜をずっと一人で待ってたのよ。
なのに何よ〜、有明の月が見える夜明けになってしまったじゃないのよ〜。

長月…旧暦の九月。
旧暦での12ヶ月は、
  睦月、如月、弥生、 卯月、皐月、水無月、
  文月、葉月、長月、 神無月、霜月、師走 。
有明の月…夜明けごろ見えている月。見える方向は関係なし。
代詠…この歌は作者が女性になり切って詠んだ歌(代詠)。



■22 文屋康秀(ぶんやのやすひで、9世紀中頃)
37番 文屋朝康 の父。六歌仙の一人。

吹くからに秋の草木のしをるれば むべ山風を嵐といふらむ

吹くとたちまち 秋の草木がしおれます。
あぁ〜、だから 山風を嵐と言うのでしょうね。

しをる…今の「しおれる」?。草木が色あせてぐったりする様子。
むべ〜〜らむ…「なるほどだから〜〜なんでしょうね」となる。



■23 大江千里(おおえのちさと、9世紀後半〜10世紀初頭)
大江音人(おおえのおとんど)の子。 ( 百人一首にからむ大江家の家系図
26番 中納言行平、27番 在原業平 の甥。
文章博士。家集に『句題和歌』がある。

月見ればちぢにものこそ悲しけれ わが身一つの秋にはあらねど

月を見ていると 色々な思いに心が乱れ もの悲しくなります。
なぜでしょうかねぇ〜、私一人に 秋がやってきたと言うわけでもないのに。

月・星・太陽、について:
月は百人一首でしばしば詠まれています。
一方、星や太陽はほとんど詠まれていません。
百人一首には、星や太陽にちなんだ歌は無いようです。
僅かに 6番「かささぎの〜」で七夕がからむくらいでしょうか。



■24 菅家(かんけ、845〜903)
菅原道真(すがはらのみちざね)。当代きっての漢詩人。文章博士。
右大臣となるが太宰府に左遷される。太宰府で没。漢詩集『菅家文章』『菅家後集』がある。

このたびは幣もとりあへず手向山 紅葉の錦神のまにまに

この度の旅は、幣を捧げることも出来ません。
さしあたって、手向山のもみじの錦を幣として捧げますので、
どうぞ神様のお心のままにお受け取り下さい。

ぬさ(幣)…木綿や錦の切れ端で作った、神への捧げもの。
旅に出る際には、これを道々の道祖神に捧げて、旅の無事を祈った。
手向山…神に供え物をする山。固有名詞ではない。



■25 三条右大臣(さんじょうのうだいじん、873〜932)
藤原定方(ふじわらのさだかた)。和歌・管弦に優れる。
三条右大臣の呼び名は、京都三条に邸宅が在ったことによる。

名にし負はば逢坂山のさねかづら 人に知られでくるよしもがな

「恋しい人に逢って共に夜を過ごす」と言う意味を持つ 「逢坂山のさねかづら」。
その長いつるを手繰るように 誰にも知れず貴方を連れ出す方法はないものだろうか…。

名にしおはば…○○と言う名前なのだから。○○と言う意味を持つのだから。
縁語…「逢坂山」の「逢」 と 「さねかづら」の「さ寝(共寝)」 が縁語になっている。
実際には相手をたぐり寄せることなど出来ないまでも、
「それほどにまで思っているんですよ」 と言う 恋の重苦しさを訴えている。
posted by 百人一首散策人 at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 小倉百人一首 意味・解釈 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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