歌の意味解釈 16〜20番

16 たち別れいなばの山の峰に生ふる まつとし聞かばいま帰り来む   中納言行平
17 ちはやぶる神代もきかず竜田川 からくれなゐに水くくるとは    在原業平朝臣
18 住の江の岸に寄る波よるさえや 夢の通い路人目よくらむ      藤原敏行朝臣
19 難波潟みじかき芦のふしの間も 逢はでこの世をすぐしてよとや   伊勢
20 わびぬれば今はたおなじ難波なる みをつくしても逢わむとぞ思ふ  元良親王




■16 中納言行平(ちゅうなごんゆきひら、818〜893)
在原行平(ありわらのゆきひら)。
阿保親王( ← 第51代 平城天皇の皇子 ) の子 。
17番 在原業平朝臣 の異母兄。
第55代 文徳天皇時代に須磨に配流される。

たち別れいなばの山の峰に生ふる まつとし聞かばいま帰り来む

別れて因幡の国へ去ったとしても、
因幡の稲羽山(いなばやま)の峰に生えている松ではないが、
あなたが待っていると聞いたならば、すぐにも帰って来ますよ。

いなば…因幡(鳥取県東部)・「往なば」・「稲羽」の掛詞。
まつとし聞かば…「まつ」は「松」と「待つ」の掛詞。「し」は強意の副助詞。



■17 在原業平朝臣(ありわらのなりひらあそん、825〜880)
阿保親王( ← 第51代 平城天皇の皇子 ) の子 。
16番 中納言行平 の異母弟。
六歌仙の一人。 『伊勢物語』の主人公のモデルとされる。

ちはやぶる神代もきかず竜田川 からくれなゐに水くくるとは

不思議なことの多い神代でも聞いたことがない。
龍田川の水面に紅葉が散り敷いて、川の水を鮮やかな真紅の絞り染めにしたとは。
なんという美しさだろう。

・ちはやぶる…解説本には「神に掛かる枕詞」との簡単な解説が殆ど。
所がある本に、
「ちはやぶる」の「ち」は、「おろち(大蛇)」や「いのち」の「ち」で、
恐るべき力を持つものとされていた、と書かれていました。
それを見て気になり検索エンジンでチョコッと深入りしてみたのですが、
深入り可能なサイトには出逢えませんでした。
で、この、
『ちはやぶる』は
『「ち」は、破る』として…『強大な力は、信じられないことを起こす』なのか、
『「ち」、早振る』として…『強大な力、あちこちに現れては消える』なのか、
そんなような意味合いなのかなぁ〜と一人勝手に解釈遊びしてしまいました〜。
・からくれなゐ…唐の紅。中国から伝わった紅。
  日本古来の紅色より鮮やかな、大陸渡来の真紅。
・水くくる…川の水を布に見立て、その布を「くくり染め(絞り染め)している」との意。
・落語の題目『千早振る』の要約は ⇒ コチラ



■18 藤原敏行朝臣(ふじわらのとしゆきあそん、?〜901? 又は 907?)
和歌のほかに書にも優れる。

住の江の岸に寄る波よるさえや 夢の通い路人目よくらむ

住之江の海岸に「寄る」波。
その「よる」と言う言葉ではないが、
どうして恋する人は、逢いに来てくれないのだろう。
なぜ、夜の夢の中でさえ人目を避けるのだろう。

住之江…大阪市住之江区の浜。
72番では、「高師の浜」(祐子内親王家紀伊) が歌われている。
高師の浜…
大阪府は、大阪湾に面する市として、北から、大阪市、堺市、高石市、…となっている。
この内、高師の浜は、高石市(大阪市の南二つ隣りの市)にある。
よるさへや…夜までも
よくらむ…「よく」 ⇒ よける、避ける。「らむ」 ⇒ 現在推量。
なので、「人目よ、くらむ」ではなく、「人目、よくらむ」と区切って覚えるのがよい。
94番「おほけなく憂き世の民におほふかな わが立つ杣にすみぞめの袖」を、
「わが(私の)、たつそま(「たつそま」という名詞的)に」ではなく、
「わがたつ(私が立つ・住む・暮らす)、そまに(杣山に)」が正しいように。



■19 伊勢(いせ、877?〜938?)
伊勢の守(三重県知事的?)藤原継陰の娘。宇多天皇の中宮 温子に仕える。
紀貫之(35番)と並び称せられることもあった、古今集時代の代表的女流歌人。
家集に『伊勢集』がある。

難波潟みじかき芦のふしの間も 逢はでこの世をすぐしてよとや

難波潟の芦の、その短い節と節の間のような、ほんのわずかな間も逢わないまま、
私にこの世を終えてしまえと、あなたは仰るのですか。

難波潟…淀川の河口付近の入り江。蘆の名所とされた。
ふしの間も…短い節と節の間のように、ほんの短い間も。
過ぐしてよとや…過ごせと仰るのですか



■20 元良親王(もとよししんのう、890〜943)
13番 陽成院 (=第57代 陽成天皇 )の第一皇子。 風流好色の皇子として知られている。

わびぬれば今はたおなじ難波なる みをつくしても逢わむとぞ思ふ

どうして良いか行き詰まってしまったのだから、今となってはもう同じことだ。
難波にある澪標ではないが、身を尽くしても (どんな事をしてでも) 逢おうと思う。

わびぬれば…思い悩んでいるので
はた…また
難波なる…難波にある
みをつくし…「 澪標 ( 航路を示す杭 ) 」 と 「 身を尽くし 」 を掛けている。
posted by 百人一首散策人 at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 小倉百人一首 意味・解釈 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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