定家は冷泉家の人?

定家は冷泉家の祖の先祖ではあるけれど、冷泉家の人ではない。
と言うのが私の結論になりました。

冷泉家の祖=冷泉為相(ためすけ) ← 定家の孫。


百人一首の時代幅ってどれくらいなのかなぁ〜

そうだ、歴史年表を作ってみよう〜

ほう〜、飛鳥、奈良、平安、鎌倉、かぁ〜  
  それぞれがどんな時代なのか歴史に疎い私には皆目分からなかった〜

それぞれの時代にどの人がはまるんだろう〜

全部入れると大変だから、各時代に代表的な一人を入れてみよう〜

平安には、紫式部を入れたい

紫式部を入れるとすると、あの人も入れたいこの人も入れたいと成った

結局、藤原道長を入れざるを得なくなった。

そうそう、定家は道長の子孫だし、紫式部は道長と血統が同じだという。

藤原氏っていったいどんな家系ナンだぁ〜  
  北家があるということはほかにも系統があるのか?
  冷泉家って いったい いつ出来たんだ?

たどりついたのが ⇒ 中臣鎌足

「中大兄皇子が天智天皇になって、鎌足の死後、藤原姓を鎌足に授けた」とある。

あぁ〜、それで、百人一首の1番目が、
およそ天皇の歌とは思えない内容の歌で、しかも、その歌人が天智天皇なんだ。
定家お得意の
「詠み人知らず」歌を「農(労働)を尊ぶ歌」の意を尊重して天智天皇の歌としたのだろう
と更に勝手に納得したのでした〜。


との私なりの結論に至ったのでした。
posted by 百人一首散策人 at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 百人一首と 藤原家・冷泉家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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